写真講座 

 

       
  
    私は「フォト・ディレクタ−概論」という学生向きの写真講座の連載の題名
   に写真繧繝彩色(写真うんげんさいしき)という言葉をタイトルとしてきた。
   その講座は<写真表現>に限らず創造をかきたてる脳の構造から始って必須の
   問題を取り上げたが、ここでもそれを流用した。
     
      
 繧繝(うんげん)とは、紀元前にインド人が発明した色彩上の技法である。
遠い昔は色数が少なく、赤は朱色のベニガラ、緑は銅版が錆びたような緑青である。これを
並べて塗ると補色の関係から今でいうサイケデリックなどぎついものになる。インド人はこ
れを避けるために、階段状に各色を重ね塗りをすることで、なだらかな諧調をつくって美し
く見せたり、また諧調をもたせた赤と青緑の交互の繰り返しで補色を強調するといった工夫
をした。この技法は中国に伝わり、やがて天平時代の秘仏に見られることになる。
     
 この色彩の問題は、花の世界で皆さんも日頃体験されている。たとえば、赤い花と青緑の
葉との対比は補色関係からどぎついサイケデリックになるはずだが現実にはそんなシ−ンは
めったに見られない。  
     
 それは何故だろうか。答は自然界の「うんげん」にある。たとえば、赤いチュ−リツプを
はじめ多くの花弁はほとんどがパステル調のうえに、光は花びらをいくらか通し、また花び
らに囲まれた中で屈折し反射し合う。そこにはたくまざる諧調(グラデ−ション)が生まれ
る。新緑の緑がことさら美しいのも同様でこれも緑のデリケ−トな濃淡つまりは「繧繝」で
ある。自然のこんな姿には、写真家としてことさら感銘を受け、繧繝という言葉に親しみを
持ち敬意を払うようなった。
                                                                  
 写真の三大要素は、「精密描写・瞬間固定・諧調の表現」であるが、あまりに慣れすぎて
つい忘れやすいのが諧調の表現、つまりグラデ−ションである。グラデ−ションは、時間と
空間の表現技法上、とくに深いかかわりがある。「繧繝」(うんげん)もまた同じ意味であ
ることから、学生たちに「オマジナイのように<ウンゲン、ウンゲン>と唱えていれば、よ
もや忘れることもあるまい。」といってきた。
       
     
   写真は学校以外に通信講座、カルチャ−教室など知識を得る方法には事欠かない。
  私自身がまったくの独学に始まり、後には教師の立場にも立つようになって文部省 
  の指導要綱に従う学校法人その他の教え方に大きな疑問と不信を持つようになった。
       
   写真の指導にアカデミックな方法はいらない。               
  私はアメリカのア−トデイレクタ−が一流の写真家を育成したタッチトレ−ニング 
  (触感的教育)、日本では倉本創や仲代達矢などに見られるそれぞれの個性を伸ば
  す百人百色の教育が必要だと痛感し実践しようとつとめてきた。        
   そんな考え方から幾らかでも参考となる実践論的な講座になればと思っています。