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新政(秋田)

 東京は渋谷、ガード下の辺りに、「飲んべえ横町」はあった。その中に、デザイン業界の人間がよく通う店がある。古い木造のカウンターとテーブル。喧噪がよく似合うこの辺りでは、特異な店といえる。
 ここの名物は、ハンペンに野菜を入れ、衣をつけて揚げる「半月」という肴。名前は、丸いハンペンを半分に切って揚げたものを黒い酢醤油に浮かすさまを夜空に例えたのだろう。
 この肴に合う酒というと、ビールも旨いが、新政の300ml壜を冷凍してカチカチに冷やし、手の温もりで暖め、シャーベット状にして呑むのが、一等似合う。
 あつあつの「半月」と、咽越しを冷やす日本酒がとけ合う美味しさは、その味をいいつくすことが難しい。
 酒と肴を味わっていると、すこぶる酔ったふたりが店に入ってきた。サラリーマンの上司と新入社員といったところだろうか。上司は、名物の「半月」を注文してうんちくを披露したあと、会社のルールの大切さをひとしきり大声で語り、沈黙が訪れたところで、新入社員を残し、勘定を払って出ていった。
 残された若者はしきりに謝っている。
「すみません。会社ではいい人なんですけど・・・」
 あまり酔っていないようだ。酒に酔ったふりをしていたのか。
「酔っぱらうってカッコ悪いじゃないすか」
 と静かに呟いた。
 ホットな上司とクールな新入社員。「半月」と「新政」の関係みたいだ。
 二年後、そのときの若者を、この店で見かけた。新入社員らしさは消え、いっぱしの社員のようになっている。スーツが身体に馴染んでいない若者に、熱く会社の未来を語っている。
「新政、もう一本」
 こんな日は、冷えた酒がさらに旨く感じる。
 冷えた酒を掌の温かさで溶かすように、日常にさらされて冷たくなった心がだんだん溶けて熱く変わっていく。

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