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串道ここにあり篇

 串を使うと、見栄えが違う。少しの数でも豪華に見えるじゃろう。串カツをご覧あれ。豚肉とタマネギ。材料をそのままカツにしたって多寡がしれておる。ところがどうじゃ。串を通すと、少しの材料でも華麗に見えるじゃろう。

 おでんにしてもそうじゃ。こんにゃくやスジ、いもは堂々としておる。背中に一本、筋いや串が通っているからのう。ところが豆腐やはんぺんは軟弱じゃ。出汁のぬるま湯につかりきって虚弱体質のように見えるじゃないか。

 極めつけは焼鳥じゃ。たった3・4切ればかしの肉なのに量が多そうに見える。また、口の端でえいっとばかり引き抜くと、力が入るじゃろ。日本男児たるもの、こうじゃなければいかんっ。エイエイオーの気合いじゃな。串を眺める静の姿勢からおもむろに口へ運び、勢いをつけて抜くという動の体勢。これぞ、もののふというものじゃ。

 なにっ。今治の鉄板焼鳥は串を使っておらぬ、と。軟弱じゃ。ここに今治の鉄板焼鳥をもってまいれっ。
 串には刺しておらぬが、量はほんにたっぷりと有るのう。
 所望するぞ。
 うまいっ。
 いや、なに。串に刺さずとも、今治の鉄板焼鳥は日本心に溢れておるわい。人間、本質で勝負するのが大事じゃて。しかし、ほんに今治鉄板焼鳥はうまいのう。

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