今治の黒船騒動

 慶応2年(1866)10月1日の夕方、大浜の沖に黒船が突然姿を現しました。その前にも測量目的で大島椋名村沖に停泊した船もありましたが、事前通告があったのです。

 この船は、イギリス国籍と思われますが、翌日もとどまりました。しかも、2日の朝には乗員2名が浜へ上陸し、城下町を目指して歩き出したのです。今治城訪問を目指したようですが、辰口門で通過を拒否され、船へと戻りはじめましたが、北新町へ通りかかった時、沿道に群がった町人が石を投げ付けたため、困った異人はピストルを威嚇発砲しています。

 10月3日に、ことの重大さを知った家老の久松親子が船まで出向き、停泊目的や上陸の理由を聞くと、食料や燃料の購入のためだといいます。

 5日に上陸を許可し、護衛のために藩士を差し向けています。琉球芋120貫、卵、鶏12羽、石炭128貫、大根などを購入しています。

 海岸には、この船を見ようと見物人が押し掛け、船を出す始末。藩は見物船の数を制限し、乗船料を徴収することにしました。

 7日、この船は大浜沖を離れ、下関へと向いました。幕末、今治で起きた黒船騒動でした。

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