愛媛県初の暴走族騒動

 暴走族の発祥はというと、米騒動と同じ富山県です。昭和47年(1972)6月のこと。富山市国鉄駅前で群衆と一体化し、暴徒となることがありました。

 愛媛県では、この年の夏、週末になると今治港務所前広場に暴走族が集まり、取締りの警官に投石したりしたのが、初めての暴走族騒動です。今治港務所から今治市役所前までの広小路で、暴走族たちは、様々な違法行為を繰り返しました。

 この暴走行為を見物しようと、観衆が市役所前の歩道橋や沿道に多数集まり、声援を送ったため、暴走行為が更にエスカレートしたこともありました。現在のように、見物人が騒動を起こすと取り締まることができる法律がなかったため、この見物人たちの行動に警察は手を焼いたようです。

 暴走族騒動が県下に拡がったのは、翌年のこと。松山、新居浜より各都市に波及し、週末には暴走が相次いでいます。若さ特有の行動の意味は、理解できるのですが、他人に迷惑をかけるのはよくないこと。暴走行為は、事故や他人を巻き込むことが多く、騒音をまき散らす迷惑行為です。他の方法で青春を発散させることを望みます。

 米騒動と同じく、富山からはじまり、今治が愛媛県の暴走行為で最初になるのは、どういう理由からでしょうか。今治人が、反発のエネルギーを強く持っていることを示しているのでしょうか。

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