ナウマン象とサヌカイトの謎

 今治の沖合いでは、ナウマン象の化石が漁の網にかかることがよくあるそうです。波方沖、館山沖、宮窪沖、関前灘などは、象の墓場ではないかもといわれています。これは、強い潮流により海底が掘られ、埋まっていたナウマン象の化石が出てきたもの。約40万年前〜3万年前の地層から発見されています。

 ナウマン象は、体高3メートルほど。学名はパレオロクソドン・ナウマンニといい、第四氷河期に中国北部から日本にやってきたと考えられています。東京大学最初の地質学者として指導した、ドイツ人学者のエドモンド・ナウマンに敬意をあらわしてつけられました。

 瀬戸内海における交易は、約3500年前の縄文時代後期にはじまるとされ、当時の人々は丸木舟で海を渡っていたといわれていますが、その根拠は、サヌカイトという石器材料にあります。この石は、薄く割れる特徴を持ち、尖頭器や石刃などに加工され、瀬戸内海のまわりにおいて数多く発見されます。カンカン石とか讃岐岩といい、瀬戸内海地方では、香川県の坂出市にある金山のみの産出です。そのため、交易の証拠をたどることができるのです。

 瀬戸内しまなみ海道建設での調査では、今治市砂場の糸大谷遺跡と馬島亀ケ浦遺跡、同ハゼケ浦遺跡で、このサヌカイトが発見されました。横長の翼のような石片を加工した国府型というナイフ式石器です。ただし、用途はナイフだけでなく、槍先につける石器としても使用されたようです。

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