今治の古代遺跡群

 今治周辺の古墳には、相の谷古墳や大西の妙見山古墳のように前方後円墳が多く、銅鏡や直刀、鉄剣、農工具などが多く出土しています。また、この時代の今治は、大和政権との関係が濃く、白村江の戦いにみられる朝鮮半島への進出にも、この地域の人たちがかり出されているようです。

 縄文後期以前のものには、漁業集落の桜井沖浦遺跡があり、大型深鉢や浅鉢、石器や漁具などが出土しています。

 弥生期の貝塚には、阿方貝塚、片山貝塚があります。

 弥生中期から後期にかけての遺跡には、清水、日高、町谷、新谷、宮の内遺跡があります。赤褐色の中寺式土器が多く出土されていますが、この土器は、丸い胴の大きく開かれ、肩から胴にかけて直線や波状の櫛描文があります。

 古墳期の遺跡は、唐子山古墳、国分古墳、鯨山古墳、姫路山遺跡、三尾の上遺跡など。この地域は、海上交通の要となり、畿内とのつながりが強く、部族の統合も早かったため、多くの古墳や遺跡があります。また、近郊の玉川町や朝倉村、大西町にも古墳群があり、古墳時代の高縄半島は、隆盛を誇っていたことがよくわかります。

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