今治の弘法大師伝説

 弘法大師の伝説は、今治のみならず、四国全域に数多く残っています。

 山方町にある茶堂の井筒は、水が欲しいという弘法大師の願いを聞き入れた里人が遠くから運んできた水を惜しげなく弘法大師に与えたため、そのお礼として大師が掘り出したといいます。また、松木付近では水が欲しいという弘法大師の申し出を断ったため、この辺りの水は金気の強いものになってしまったと伝えられています。

 馬越付近では、芋を掘っていた村人に弘法大師が一つ分けてくれるように頼みましたが、食べられる芋ではないと断りました。村人が芋を食べようと煮ると芋は石のようで食べることが出来なかったといいます。この芋を「食わずの芋」「石芋」と呼ぶようです。

 別宮の砂川町に、蚊丸という地名が残っていますが、これは弘法大師が山野に泊まったとき、蚊の攻撃を防ぐため、袋に蚊を入れたものが破れた所だといいます。

 蒼社川は、毎年のように氾濫しており、地元の人は「人取川」と呼んで恐れていました。大師は、村人たちを指導して堤防を建設。土砂加持の満願の日には、延命地蔵が空中に出現し、寺を建立したといいます。その寺は、泰山寺と名づけられています。 

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