水軍の活躍の歴史

 今治や芸予諸島に海賊・水軍が誕生した理由は何故なのでしょう。そこには二つの要因があります。

一、地理的要因
 畿内から九州や中国大陸へ向かうには、波がおだやかな瀬戸内海を渡るのが、陸路の発達していない当時は一番簡単な交通手段だったと考えられます。しかし、今治から三原にかけての芸予諸島は島が多いので、海路が狭く、潮流が激しいという地域です。この地域を掌握することは、全国の治世と交通のイニシアティブをとることを可能にしました。そのため、早くから開けた地域となったのではないでしょうか。
 また、島が多いということは、追われた際に身を隠しやすいということにもつながります。

二、技術的要因
 天候や潮流の流れ、危険な地域、安全な航路、時間や季節による自然の変化を深く知っていることは、航行技術に格段の差をつけることができます。危険な地域での安全な航海が可能になるのです。そのため、この地域の人々が重宝されることになります。また、日常生活にも船を使うことは技術の向上にもなります。

 海の上では誰にも負けないという自信が生まれます。そのため、強奪行為や他の地域との交易も盛んに行なわれました。

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