今治の鯛と浜焼き

 藩政時代の今治では、鯛の浜焼や塩辛が幕府に献上されています。今治藩領だった魚島村は、鯛の漁場として有名で、元禄時代に沖ノ島村から魚島村へと改称されています。

 来島の鯛の調理方法のうち、波止浜地方の鯛の浜焼は、今治名物となっています。
 波止浜は、松山藩の管轄となっていました。波方村の庄屋、長谷部九兵衛は竹原塩田で修行し、塩田築造法を学んで帰郷し、天和3年(1683)に波止浜塩田が造られました。

 「鯛の浜焼き」は、塩田の塩の中に鯛を入れ、天日の暑さで蒸し焼きにしたという由来にちなんだ料理です。この「浜焼き」という言葉から、焦げ目のついた鯛を想像しがちですが、波止浜地方の人は、蒸し焼きが本当の「浜焼き」と胸を張ります。ほんのりついた塩味と鯛の旨味を閉じこめた料理は、万人に人気で、地元の名家や料理屋では、鯛の浜焼き用のせいろも用意されているようです。

 今治地方の鯛料理には「焙烙」や鯛の骨蒸し、刺身など。捕れたばかりのコリコリとした舌触りの刺身が今治では好まれます。勿論、何時間かおいた方がアミノ酸が熟成し、旨味が増すのですが、今治では捕れてすぐの魚でも旨いという証明でもあります。

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