今治名物・三宝米

 三宝米とは、南光坊住職の越智寛雄が高野山三宝院より持ち帰った高品質の米で結実が良く、粒が大きくて光沢があり、美味しいところから人気を博しました。大坂の市場でも播州米や防長米と並んで好評を博し、大正時代まで市場に出ていたといいます。藩の年貢米として領内に普及しています。

 南光坊の住職、越智寛雄は上神宮村の生まれで、南光坊良雄の弟子となり、修行の後に高野山へ登り、高野山三宝院の住職となっています。天明一〇年(一七九五)に師の要望で南光坊へ帰っています。

 そのとき、信者より仏前に供えられた稲穂の内から品質の良いものを持って帰り、檀家に栽培を勧めたのが三宝米のはじまり。災害に強く、しかも美味しく市場価値も高いところから越智郡一帯で栽培されています。

 原種が三宝院から得たことを記念し、この名前となりました。ちなみに三宝とは「仏・法・僧」のこと。
 三宝米は、堀江の上松栄吾が四国巡礼のとき、土佐宿毛あたりで発見した栄吾米、北山崎(伊予市)の浅田嘉蔵が備中伝来の品種より選抜した相徳米とともに「伊予三改良米」とされています。

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