今治とベニス

 ベニスの街は、西暦800年頃にリアルトにあったいくつかの小島に人が住むようになったのがはじまりです。しかし、人口が増加し、小島以外にも土地が必要となりました。この地域の湿地は、底に柔らかな泥土が堆積していますが、その下は比較的固い粘土と砂の混じった層でカラントと呼ばれます。

 そこで、カラントまで長い唐松杭を打ち込み、その上にイストリア石を並べて基礎とし、その上に煉瓦を積んでいきました。木は、粘土質の地質のおかげで、腐らずに化石化したのです。

 今治は、遠浅の海岸だったため、湿地や砂地が多く、このまま、城を造成するには地盤が弱すぎました。そこで、松の丸太を梯子の形に組み、海水の中に敷き、その上に基礎の石を積み重ねる方法がとられました。海水の中では、脂の多い松は腐ることがないといいます。

 今治とベニスは、時代や文化は違いますが、地盤を頑丈にするために同じ方法が取られています。共通の工法を持つことを縁として、今治とベニスが姉妹都市になる可能性もあります。イタリアはファッションの国、今治はタオルの町として何らかの協力体制がとれればいいですね。

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