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平成11年(1999)5月1日、瀬戸内しまなみ海道で尾道市と結ばれた今治市。四国側、愛媛県の瀬戸内海にこんもりと飛び出た高縄半島の先端にある小都市です。 今治市は瀬戸内海の阪神と九州を結ぶ航路の中央に位置するため、古くから商工業や交通、文化の要として発展してきました。古墳も多く、八世紀半ばには国府や国分寺が置かれたこと、当時の南海道官道が今治を終点としていることからも四国の中心として位置していたことが分かります。又、南北朝時代の戦場や秀吉や小早川勢との戦いなど今治が重要な位置だったことを物語っています。 関ヶ原の戦いの後、藤堂高虎が二十万石で今治城を築城。瀬戸内海運を掌握するために海辺城を作りましたが伊勢・津に移封。その後は徳川御三家に次ぐ家門の久松家が今治に入り、平穏な藩政時代が続きます。 現在は「四国の大阪」と呼ばれるように、タオルと造船が盛んな臨海工業都市。特にタオルは全国の生産高の60%以上を占め、生産日本一です。また、造船は近世の帆船、明治以降の機帆船など水軍を始めとする地元の海運業と関係が深く中小型船建造の中心。日本一の企業もあります。「石を投げれば社長に当たる」と言われるほど独立の志が高い土地柄だけにさまざまな分野で世界的な人物を輩出しています。 |
