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今治は最初から「いまばり」と呼ばれていたわけではないのです。「いまはり」「いまはる」「いまばる」など様々に使用され、一定していませんでした。 慶長6年(1600)藤堂高虎がこの地を統治する際に「これからこの地を治める」の意を込めて「今治」と命名したと伝えられます。「今治」という表記や呼び方には、新しい開拓地という意味があります。また、低湿地の開拓がなされた地域という意味で「今墾」とも表記されています。 大正九年二月十一日、市政がしかれると問題になったのが市の呼称。大正九年九月八日、今治を「いまばり」と呼称することが市議会で議決され、今日に至っています。しかし、他の地域の人たちにとって「今治」という名前は読み難かったようで、薬の名前「今治水(こんじすい)」をとって「こんじ」と呼ばれることも多かったようです。 森光繁さんの「伊予水軍物語」(今治商工会議所)によると日本に来たレプチャ語を使う天孫民族が「いまばり」と名付けたといいます。レプチャ語では「い」は「美しいとか大きい」という意味。「ま」は強意語で「いま」は「とても美しい」という言葉になります。「ばり」は「広々としたとか大きい」という意味ですから、来島海峡を乗り切り、今治の地に上陸した開拓者の目に映る広々と美しい今治平野の姿を「いまばり」と称したのかもしれません。 海を旅してきた人々の血が私たち今治人の身体に流れているのは間違いがなさそうです。太古の言葉が「今治」になったなんて、ロマンチック。いまばりは古くから感動的な名前だったのですね。 |
