水軍の戦法や武器ってどんなものがあるの?

 村上水軍は戦法、兵器、天候、潮流、航海術などを研究し兵法を生み出しています。陸地と違い、海上では板子一枚下は地獄というきびしい状況にあるため、陸地の戦法とは大きく異なります。三島村上家の家法兵学書には「船に乗る事は天の利を先とし、地の利を考えるべし。軍の始むる人の和を先とし、あとに天地の利を考えるべし」とその心得を示しています。また「海上は天気の善し悪しなどによって大いに利害となる故に、考え第一とす」と記しています。これらの水軍の戦術は、それを秘伝・口伝としています。

 兵法の代表的なものは毛利元就に献上した「一品流」、能島・来島・因島の村上三島水軍の「三島流」、能島の水軍流「能島流」などがあります。孫子からの引用が多くみられ、代表的な陣形は次のようなものです。

 「鶴翼之備」鶴が翼を広げたような形に船を配します。満潮時、干潮時の潮流が早くない時期の陣形。

 「魚鱗之備」魚の鱗のような形に船を配します。順風順潮の条件で敵が「鶴翼之備」に対する時の陣形。

 「左右中三段之備」緩やかな向かい潮で広い海上の戦いの時の配。敵船の数が多いときの陣形です。

 水軍は、潮の時期と敵の形勢に応じて様々に陣形を組み立てています。このことが厳島で陶氏の軍勢を打ち破り、大阪で織田軍団の水軍を打ち破った大きな理由なのです。

 また、様々な船や武器も考案されています。櫓が三五丁余りもある快速船「関船」スクリューを二つも持つ「車輪船」、潜水艦のように潜行して敵に近づく「竜宮船」、大型の手榴弾として点火し木製器具で敵船へ投げ込む「投炮碌」、頭と尾を筒竹で作った鉄砲とし、水に浮かべる時限爆弾の「火龍」などアイデアにあふれたものとなっています。

 秋山真之により、日露戦争の日本海海戦には水軍の戦術が活かされ、バルチック艦隊を打ち破りました。このことが、水軍の兵法の優秀さを証明しています。

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