今治城が建ったのはいつ?

 歌人の吉井勇が「ただ一人 吹上城のあとに来て 雲雀ききつつ ものをこそ思え」と詠んだ今治城は、慶長6年(1600)から慶長9年(1604 )までに、築城の名手と呼ばれた藤堂高虎公が築城したもの。吹上城とか美須賀城とか呼ばれたのは、吹上、つまり砂丘の上に築かれた城という意味です。

 20万石にふさわし城郭を持つ今治城は、本丸には五層の天守閣がそびえ、城門が9カ所、約20の櫓がありました。また、高虎が育ててきた水軍の基地機能を持たせるため、三重の堀に海水をひいた日本でも数少ない海岸平城としています。ちなみに三大海水城の他の二つは高松の玉藻城、大分の中津城です。

 現在の天守閣が建ったのは昭和55年(1980)市制60周年記念事業として6億8000万円をかけ、天守閣、櫓門、武具櫓、多聞櫓が再建され、昭和60年(1985)には御金櫓も建ちました。

 海の水をたたえた堀に映る今治城の姿は築城の名手が手がけた美しさを後の世に残しています。

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