今治城の堀の水が海水って本当?

 今治城は、外堀、中堀、内堀と三重の堀をめぐらせ、海水を導入した輪郭形式の城。海側には石垣の上に砲台を据え、船溜まりには軍船をつないでいたといいます。

 堀の水は、蒼社川の水を外堀に導いて二分し、洪水防止を工夫する一方、北の水門から海水を導入するようになっており、潮の干満によって水位を調節する水門を導入しています。三重の堀は、それぞれ海水で結ばれ、外堀は金星川の中州や入り江と結ばれて船溜まりとなました。他には、御船倉や御船手役所、船頭町などの町が置かれ、現在の今治港の原型となっています。

 また、明治時代には、海水の堀であることを活用し牡蛎の養殖を始めています。

 青年会議所が昭和58年(1983)に鯛の稚魚を放流したこともありますが、現在は釣られたものかその姿は見えませんが、ボラが水面から飛び出す姿やチヌ(黒鯛)が堀の中で泳いでいる姿を見ることが出来ます。

 海水を堀に取り入れているのは、今治城の他に高松の玉藻城、大分の中津城などがあります。

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