今治が芭蕉に関係があるって本当?

 「奥の細道」で有名な松尾芭蕉の母親が今治出身であるという説があります。藤堂高虎の子・高吉が伊賀に渡ったとき、伊予から移住してきた堀内氏の娘といいます。ただし、宇和島出身というのが、主流になっています。

 藤堂高虎は、1608年伊勢・伊賀に転封され、高吉は2万石の城代として今治に残っています。1635年、藤堂高吉が伊賀名張に国替となったため、芭蕉の母親マツは父親とともに随従しました。1636年、マツは伊賀・上野の松尾与三郎に嫁ぎ、1644年、芭蕉が誕生したのです。

 芭蕉は、藤堂家に縁があるようで伊賀・上野の藤堂良勝の孫、良忠に仕えています。良忠は、25歳の時、病死したため、近習として仕えた芭蕉は、その年辞職して伊賀・上野を離れ、俳諧に専念する道を歩みました。

 松尾芭蕉が忍者だったという説もあります。「奧の細道紀行」は、情報収集のための旅だったというわけです。今治は、猿飛佐助といい忍者に縁があるようですね。

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