今治に徳富蘆花が来ていたって本当?

 「不如帰」で有名な徳富蘆花は、1年4ヶ月を今治で過ごしています。18・9歳のとき、四国初の教会だった今治キリスト教会に身を寄せ、今治英学校の教師として青春をおくっています。

 何故、今治に来たかというと、従兄の横井時雄氏が今治キリスト教会の牧師をしていたため。今治を舞台にした蘆花の小説には「黒い目と茶色の目」「思出の記」(舞台を宇和島にしていますが、今治時代のことが描かれています)「死の影に」などがあります。

 多感な青年時代を今治で過ごし、キリスト教の伝道と英語教師を務めた蘆花の目には今治はどのように映ったのでしょう。その答えは今治港湾ビル横の石碑にあります。蘆花の小説の一文「伊豫の今治、今治は余に忘られぬ追憶の郷である」(「死の影に」より)と彫られています。この碑をつくったのは、建築家の丹下健三氏と書家の村上三島氏。二人の文化勲章受章者の手によるものです。

 今治キリスト教会は、昭和20年の空襲で焼け落ちてしまいました。今は、南宝来町に移転して「今治めぐみ幼稚園」となっています。

「今治おもしろ百科」TOPへ

ご意見・ご感想などメールの宛先はこちら