|
時宗とは鎌倉時代における浄土経の一宗派で信心のないものや下層階級のものでも等しく救われると説き、全国に救済のお札を配り、踊念仏により人々の心をとらえ、庶民に至るまで爆発的な人気を得た宗教です。開祖の一遍は寺をもたず、宗派をたてず、生涯を遊行で過ごしました。
一遍は豪族・河野通広の子供として延応元年(1239)に宝巌寺の地に生まれました。13歳の折、太宰府の聖達に12年間浄土門を学びましたが、25歳の時、父通広が死亡、帰郷して還俗します。しかし、32歳で再出家し、33歳の春、善光寺に参り、ニ河白道図を写し、この図を本尊にして修行し、誰でも一度の念仏により往生し、仏になれるという悟りをひらきます。さらに弘法大師の道を慕い、久万の岩屋寺にこもり、捨て聖の道に入ります。全身全霊を込めた一回の念仏により人は仏になれるという「一遍の念仏」をすすめ、札くばりを行います。正応ニ年(1289)51歳で兵庫観音堂で没するまで遊行を繰りかえします。人々に念仏をすすめ、魂の救済をすすめるために全国を行脚したのです。
札くばりと踊り念仏により爆発的な帰信者を得、北は江差から南は鹿児島まで多くの庶民と接した時宗はまさに民衆の宗教でした。
一遍は和歌にも堪能で「一遍上人語録」に約70首、連歌は「莵玖波集」に発句が掲載されています。また、「一遍上人縁起絵」や「一遍聖絵」など多くの説話や逸話、奇跡が描かれています。
一遍の像は宝巌寺にあり、国の重要文化財となっています。
参考資料/文化愛媛22号 愛媛県文化振興財団
愛媛県百科大事典 愛媛新聞社
|