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日本初の野球小説が松山を代表する俳人・正岡子規の手により書かれています。もともと子規は野球に熱中していました。松山へ野球を伝えたのも子規。自らの名前にベースボールをもじって「野球」「弄球」(のぼる)と号しています。時は明治23年(1890)、郷友の新海非風との連作で17回からなる未完の長編小説です。その名前は「山吹の一枝」。和紙に毛筆でかかれ、81枚。署名が「花ぬす人」となっていたのを昭和25年(1950)上野・松坂屋古書部が偶然発見したものです。
そのあらすじはというと、紀尾井三郎という医学生が主人公。女学生、まち子と芸者、小松の両方から思いをかけられているというモテル男。ある日、ベースボールを楽しんでいる時、紀尾井が打った球が女学生に当たります。勿論、その女学生が紀尾井に思いをかけているまち子という訳なのですね。それが縁となり、次第に仲良くなってくるのですが、突然の火事で紀尾井は焼け出されます。これも偶然に小松に助けられ、小松の家に厄介になります。このままでは学業は身につかなくなるしどうしようという時に友人の山尾昇が苦言を呈する、というところで終わっています。偶然に次ぐ、偶然でリアリティはないのですが、ベースボールのシーンが勢いがあり、細部では魅力があるという困った代物です。
これを見ると、正岡子規が小説に力を入れず、俳句や短歌、評論を主な活躍の舞台にしたことがよかったと思ってしまいます。
しかし、これは本邦初の野球小説であります。
子規はベースボールの和歌も日本で初めて作っています。東京ドームの野球体育博物館に展示されている和歌をご紹介しましょう。
久方のアメリカ人のはじめにし ベースボールは見れど飽かぬも
國人ととつ國人と打ちきそふ ベースボールは見ればゆゆしも
若人のすなる遊びはさわにあれど ベースボールに如く者もあらじ
今やかの三つのベースに人みちて そぞろに胸の打ちさわぐかな
九つの人九つの場を占めて ベースボールの始まらんとす
九つの人九つの争ひに ベースボールの今日も暮れけり
打ち揚ぐるボールは高く雲に入りて またも落ちくる人の手の中に
なかなかに打ち揚げたるは危ふかり 草行く球のととまらなくに
打ちはずす球キャッチャーの手にありて ベースを人の行きがてにする
参考資料/子規とベースボール 神田順治著 ベースボールマガジン社
野球てんやわんや 山崎明男著 アマノ印刷
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