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国の重要文化財に指定されている道後温泉本館。平成6年の指定。温泉建築では初めての快挙でした。
神の湯本館は明治27年に竣工され、和風の3階建。上に振鷺閣という赤いギヤマンを使った塔があります。入り口の庇には軒唐破風、周り縁には欄をめぐらせ温泉が湧き出る様子を形どった模様を彫っています。外観は和風ですが、大屋根のトラス構造やギヤマン使いなど当時の最新技術の建築を取り入れています。
又新殿と霊の湯は明治32年の竣工です。この建物は寺社建築の手法を取り入れた純和風の建物。又新殿の内部は桃山時代の書院造りを模して建てられ、銘木や障壁画を使った壁など豪華絢爛の造りです。皇室が使うため、木造建築の最高水準を示しています。
道後温泉本館が建てられる時には、当時の道後町長の伊佐庭如矢やお城大工の坂本又八郎などの苦労が多くありました。古い温泉本館を建て替える計画があがった時、反対派の住民は宝巌寺に立てこもり、むしろ旗をおしたてる騒ぎがあったのです。反対の理由は多額の金を要することで町の財政に破たんをきたす。改築すれば入湯料があがる。湯釜を替えると神罰が当たる。というものでした。この反対派を伊佐庭如矢町長と坂本又八郎は新しい道後温泉本館の模型を見せることで乗り切りました。その姿がわかるようになると反対運動は急に萎んだのです。お金の問題は公費が13万円以上かかることが分かったのですが、有志が集まり、銀行から私財を担保に金を借りることで解決。無事、道後温泉は建て替えられたのです。
以後、100年以上経ってみると、あのときの英断がなければ現在の道後温泉の発展は考えられません。伊佐庭如矢町長が道後に果たした役割の偉大さは時が経つに従い、ますます膨らんでいきます。
参考資料/松山の文化財 松山市
道後物語 朝日新聞松山支局 愛媛文化双書
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