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「又新殿」(ゆうしんでん)は明治32年(1899)に誕生。皇室用の湯の建設を思い立ったのは当時の伊佐庭如矢町長。三層楼の本館に続き五年目に「また新しく出来た」という意味で命名されました。道後の湯には大国主命・少彦名命より、景行天皇、仲哀天皇、神功皇后、聖徳太子、舒明天皇、中大兄皇子、大海人皇子など多くの天皇家の人々が訪れています。しかし、この又新殿に訪れた天皇は昭和天皇のおひとりなのです。
その建物はというと、御殿造りの屋根に栂や桧を使い、桃山時代の書院造りを模した二階建て80平米。入り口はお成り門といい、東側にあり、一般入り口の反対側です。しかし、現在は閉ざされ、別の入り口を使用しています。この門を入ると二階の「御居間」四畳へ通じます。玄関には小紋を散らした高麗縁の畳、襖には銀箔に道後のシンボル白鷺が水辺で遊んでいる姿が描かれています。玄関の間の間を内に入る「御次の間」は八畳。襖は全て金箔、「伊予風土記」伊佐爾波之岡の条にちなんだ極彩色の絵の描かれた障子のはめ板が見事です。次ぎの間が「玉座の間」ですがこの間に金箔に枝菊の模様をこれも極彩色で描いた襖があります。「玉座の間」は五畳敷。畳はすべて赤金襴縁で天井は格天井、書院の壁は金箔に鳳と枝桐の模様です。天井は桐の三枚重ねで槍を通さないように造られ、横に武者隠しの間があります。
階段を降りると一間の書院付け、八畳の「洞の間(御湯殿御休憩の間)」があり、浴槽があります。浴槽は庵治石で出来ていて、周囲には鷺や鳥の彫刻、正面の湯釜には大国主命・少彦名命の姿があり、湯釜の宝珠には小松宮親王が書いた「健歩如故」の文字が刻まれています。また、「御手洗所」はトイレ。砂が敷かれています。この浴槽からは庭が眺めることが出来、中央には観音像、加藤清正が挑戦征伐の時、持ち帰った灯籠が置かれています。また、昭和天皇の足跡が保管されています。昭和25年の行幸の際、つけられたもの。本館前の玉の石につけられた少彦名命の足跡に加えて、長い時を越え、二つの皇族の方の足跡が道後温泉には残っているということですね。
以上、難しい説明になりましたが、要するに、贅を尽くしたデラックスな造りで一見の価値があるということ。見学したい方は210円で職員の解説付き。ぜひ、ご覧下さい。
参考資料/道後温泉 松山市
道後物語 朝日新聞松山支局 愛媛文化双書
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