|
松山は近代俳句の父である俳聖・正岡子規をはじめとして子規門下で子規の跡を継ぎ「ホトトギス」を出版する高浜虚子、自由律の巨人、河東碧梧桐や内藤鳴雪や村上霽月、柳原極堂らの松風会の面々、人間探究派の中村草田男、石田波郷など多くの俳人を輩出しています。
古くは河野家から出て時宗を開く踊念仏の一遍上人が南北朝時代の連歌集「莵玖波集」に句が納められています。また、四代藩主の松平定直が松尾芭蕉の門下、宝井其角の門に入り、三嘯(さんしょう)と号し、元禄5年(1692)には芭蕉、基角ら6人で連句の座を自邸で催しています。小林一茶も松山へ寛政7年(1795)と寛政8〜9年にかけて二度も松山を訪れ、全国的に有名だった俳人で松山の造酒屋、栗田樗堂を訪ねています。この時、一茶が松山を去ろうとするのを句作で引き止めようとしたのでした。
松山が俳句王国と呼ばれるのは句碑が300以上もあるという全国的にも珍しい地域であり、しかも正岡子規ゆかりの史蹟や博物館が多いことから、俳句に興味のある人にとってはメッカとなっています。
俳句王国松山で注目されるのが、昭和43年(1968)からはじまった俳句ポスト。主な観光地や旅館・ホテルの約40箇所に置かれ、ニヶ月に一度、回収され、特選三句、入選ニ○句が選ばれ、記念品が贈られます。そして年一回の句集に入選作が納められ、入選者と希望者に配られます。また、年一回開催される「子規顕彰全国俳句大会」には全国から多くの作品が寄せられます。
参考資料/四国まるごと自慢 愛媛新聞社
俳誌「ホトトギス」と愛媛 愛媛新聞社編 愛媛文化双書
ガイドブック道後温泉 (株)SPC
|