|
小泉八雲の「怪談」により英文で世界に紹介され、孝子桜として名高いのが十六日桜です。重病の父が「一目桜の花を見て死にたい」というので子供の吉平が桜に祈ったところ、大寒にもかかわらず花が咲いたといいます。この奇跡により老父は長寿を保ったそうです。
十六日桜の古木は山越の龍隠寺にありましたが戦災で焼け、枯れてしまい、今はその実から育てたという木が天徳寺境内裏とロシア人墓地近くの桜ヶ丘団地にあります。ヤマザクラの早咲きの品種で旧暦の正月十六日頃に開花するためこの名前がついています。
この小泉八雲の前にも冷泉為村(1712〜1774)が歌を詠んでいます。「はつ春の 初花ざくら めづらしく みやこのむめの さかりにぞ見る」為村は八代松山藩主松平定静公の和歌の師です。
小林一茶(1763〜1827)が北条八反地から松山に来た時、この木を見ることを切望しました。旧暦十六日に花を咲かす桜を見たことを「寛政紀行」の中で「名だたる桜見んと、とみに山中に詣侍りきに、花は咲満たる芝生かたへにささえなどして、人々の遠近にあつまりたるを見て、 玉櫛笥 二名の島のむつみ月 むつむや花の もとにつどへり」と書いています。
正岡子規も「めづらしや 梅の蕾に 初桜」「うそのやうな 十六日桜 咲きにけり」「孝行は 筍よりも 桜かな」と詠んでいます。
市指定の天然記念物となっています。
参考資料/愛媛の文学散歩1 秋田忠俊著 愛媛文化双書
伊予路の文化 松山市教育委員会
|