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2006年11月


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11月30日(木)
 朝の9時半にホテルを出て、図書館に向かう。すると月末は閉館という貼り紙があった。日頃の行いが悪いせいなのだろうか、古本屋もやはり閉っていた。
 駅に行き、東室蘭へ。電車から「ブックマーケット」「ゲオ」の看板が見えた。駅に着き、店があると思っていた方向に歩いていったら、登別との市境まで来ていた。バスが通る道路だったので、停留所の時刻表を見る。するとバスが来たので飛び乗り、歩いてきた反対方向に行く。ビンゴ!! 駅を越えると「ゲオ」の看板が見えたので、バスを降りた。
 「ブックマーケット」で本を探すが、お目当てのものがないので、「ゲオ」へ。これまた、空振り。近くのスーパーをうろうろして、タクシーで東室蘭駅へ引き返した。歩いていたら目に涙が滲むと話しかけたら、零下になると頬がひきつるのだと教えてくれた。
 駅前の通りを歩いていると、石塚さんから電話があった。マルイの近くに居ると答えると、すぐ行くという。お土産に「タラコと筋子」をいただく。石塚さん、何から何まで、すみませんでした。ありがとうございます。
 駅に帰る道すがら、風にたなびくカレーラーメンの旗を発見。カレーラーメンは、室蘭が力を入れているメニューなので、「味しん」という店に入る。ご飯がついて860円なり。カレースープの中に札幌ラーメンよりやや細めのちぢれ麺が入り、トッピングは厚切りの豚バラ肉、じゃがいもの揚げもの、室蘭名物うずら卵、ニンジンと玉ねぎがのっている。写真を撮っていたら、話しかけられた。ここは「室蘭カレーラーメンの会」副会長の店なのだそうだ。にんにくをのせるともっと美味しくなりますよと教えられたので、早速かける。ケースに入ったフィギュアを見せていただく。ラーメンの鉢に箸を持った豚が入っている。携帯ストラップとしても売られ、人気が出ているという。観光協会のバックアップで、名物にしたいと店主の笹山さん。カレーラーメンの夢は大きくふくらんでいる。
 空港で時間をつぶそうと、予定より1時間早く千歳空港へ入る。『スープカレー読本』『こんなの食えるか』という地元限定の本を購入。お土産にロイズのチョコレートと不味いという評判の「ジンギスカンキャラメル」「スープカレーキャラメル」を購入。時間がまだあるので、「ざんぎ」をアテにビールを呑む。今治名物に「せんざんき」があるが、味はとてもよく似ている。「せんざんき」「ざんぎ」の名前が中華料理に由来するという説が正解だとの思いを強くする。
 松山空港には嫁さんが迎えに来てくれた。今治に帰る途中の北条の温浴施設「シーパ」で疲れを癒す。塩の湯に浸かると、身体がほんのり柔らかくなったようだ。食事は今治に帰り、郷の「」で焼肉定食だ。
 かくして東京、北海道の出張は幕を閉じた。これらの旅の費用は、「全国やきとり連絡協議会」HPの「やきとり百科」を作成したギャラ。つまり、「ひびき」さんのご好意によるものだ。ひびきさんに厚く感謝する。ありがとうございました。
 旅の成果を、全国のやきとりの本づくりに活かしていかなければと思う。


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11月29日(水)
 朝、ホテルを出ると雪が積っていた。駅へ向かう道に積った新雪に新しい足跡をつけていくと、北海道に来たんだという実感が湧いてくる。
 美唄からJRで東室蘭駅に着くと、「室蘭やきとり一平」の石塚さんが出迎えに来てくれていた。北海道新聞のUさんも一緒にいた。Uさんとは、取材で今治に来られたときから懇意にさせていただいている。石塚さんは、29日に帰る予定を繰り上げ、昨日の最終便で戻ったとのこと。本当にありがたい。
 石塚さんの車で市役所の観光課へ向かう。今日の取材は強行スケジュールだ。観光課のI課長をはじめ、I主査と、今日の取材のためにご尽力いただいた。ありがとうございます。
 室蘭やきとりを特集した広報で、その名をいちやく世間に広めたNさんと話ができるようにお願いする。Nさんは、現在、教育委員会に席を移している。はじめてお会いして、お若いのにびっくり。広報の常識を打ち破る発想で、話題になった原動力は、この辺りにあるのだろう。昼休みになっても、お話を伺って、さぞかし閉口されただろうと想像する。ごめんなさい。
 郵便局に移動し、室蘭やきとりの「ゆうパック」の経緯をお伺いする。「室蘭やきとり一平」石塚さんのところでも「ゆうパック」を行っているので、取材がスムーズに進む。
 その後、「室蘭やきとり天国」をはじめ、数多くのやきとりソングやご当地ソングを作曲されている七之戸さん、室蘭ライオンズクラブ増岡さん、丸山さんとお話を聞き、〆は室蘭文化連盟会長本野さん。室蘭やきとりをさまざまな立場から語っていただいた。
 ものごとが話題になるためには、多くの人たちの熱意が必要だということがわかる。さまざまな人たちの半ば非常識な出発点とそれを発展させるための智恵、継続させるための力、たえず新鮮な発進力がからみ合い、地域の名物になるのだろう。
 6時頃から、「室蘭やきとり一平」でやきとりをご馳走になる。室蘭で「室蘭やきとり」を食べるということをしていないと、本当の文を綴ることができないと考えていた。知識も必要だが、本当に大切なことは、肌と心で対象を感じることだ。そうでないと、薄っぺらい嘘に彩られた文になる。
 「室蘭やきとり一平」は石塚さんのセンスが光る店だ。土蔵のような店内に、古い家具やポスターが飾られ、お洒落ながら、どこか懐かしい印象がある。落ち着いて食べられ、しかも美味しいから、ファンが多くなるのは当然の理だ。「お客さんの層も若い人とハイブローな中年が多いのではないですか?」と問うと、石塚さんはフフンと笑った。
 「室蘭やきとり」の味は、やはり室蘭で食べたものが一番美味しい。地元の味は地元で食べるのがいちばん似合う。風土も味に含まれるのだ。タレのかかった豚ロース肉と玉ねぎを串に刺したやきとりに、カラシが添えられているのが室蘭やきとり。タレとカラシを自分の好みで混ぜ合わせ、パクつく。メニューで感心したのは卵の黄味だけを脇に添えた「月見つくね」。濃厚な黄味の味が絡まり、つくねの味を更に美味しくさせる。生のうずら卵を串刺しにし、タレをつけて焼いた「生うずら卵の串焼き」も美味しい。殻も一緒に食べるが、煎餅のような風味と食感が一口目に拡がり、あとはウズラ卵の味となる。誰も気がつかなかったこの串刺し法に「コロンブスの卵」のようだと感想をいう。やきとりが美味しいのは、「室蘭やきとり一平」の腕がいいということだ。8時頃、Uさんが店に到着。いろいろと話が弾み、結局、店を出たのは11時を回っていた。


11月28日(火)
 朝5時半に起きて、酔った頭を目覚めさせ、羽田へ向かい、8時発の千歳空港行きANAに飛び乗る。空港からのJR予約には、まだまだ時間があったので、空港内のそば屋にはいり、とろろそば。ところが出発まで時間がまだある。コーヒーを飲みながら時間をつぶす。
 目的地は美唄。札幌で乗り換えて、北へ向かう。駅に到着したのが12時過ぎ。商工交流部のM係長が出迎えてくれていた。まずは「とりめし」のあるドライブイン「藤観光」へ。鶏肉とモツを醤油で炊き込んだもの。モツなので匂いがどうかと心配していたが、あっさり味。そばを食べてはいるものの、完食する。その後、M係長の案内で市内の施設を回る。かつて炭鉱の街として繁栄していたところだけに、独特の風景が残っている。また、国設の鳥獣保護区でもあり、渡り鳥で名高い。世界的な彫刻家・安田侃氏を輩出し、氏の作品が並ぶ「アルテピアッツァ美唄」もある。美唄は、かつての産業遺産と自然、人に恵まれた街なのである。
 市役所のすぐ近くにホテルがあるため、再会を約束して、ひと休みの後、市役所へ。途中、スーパーがあったので、持ってきていなかったネクタイを購入し、地元の食材を眺める。スーパーの食品売場は、生活に密着したものを置いているので、地域を知るにはかっこうの場所なのである。鮮魚売場に、ホタテやニシン、筋子など、北の魚が並んでいる。米に漬け込んだ「馴れずし」があるのが興味深い。
 市役所では、O課長が待っていた。世間話をしてから場所を移動。そこには、「全国やきとり連絡協議会」入りに尽力した美唄JCの人たちとやきとり屋さんたちが勢ぞろいしていた。「聞いてないよ」状態なのだが、話を伺うと、取材のための便宜をはかっていただいたとのこと。まずは、「全国やきとり連絡協議会」入りを祝う挨拶をして、やきとり誕生のきっかけや取り組み状況などを教えていただく。全国的にやきとりが知名度を得るためには、こうした地元の人々の熱気が欠かせない。
 懇親会は「福よし」というやきとり屋さん。美唄のやきとりは、砂ズリ、キモ、心臓、きんかんなどの鶏モツを下処理し、それらを鶏肉や玉ねぎとともに串に刺したもの。ひと串でいくつもの味が楽しめるというものだ。塩味が利き、これなら何本でも食べられる。しかも、1本80円が相場だというから驚きだ。
 次は「たつみ」。ゆうパックがふるさと小包と呼ばれていた時代から、美唄やきとりを全国発信していた店だ。取り組みのいきさつを伺い、「佐藤」や「中々」などの焼酎を呑む。ご主人の人柄は「やきとり屋をしていてよかったと思うのは、嫁さんと一緒にいられること」の言葉で知ることができる。
 三軒目は「三船」。ビルの二階にあり、やきとり屋というより、割烹という方がぴったりする。やきとりばかりの食べ歩きでは大変でしょうと「刺身」の盛り合わせを出していただく。その気づかいがうれしい。日本酒も「久保田」を醸す朝日酒造の純米大吟醸「得月」もうまい。やはり、三軒のはしごはきつい。最初に、食べ過ぎなければと後悔する。
 店を出ると、雪が降っていた。タクシーでホテルまで送っていただく。商工交流部のおふたりに感謝。ありがとうございました。


「黒豚劇場」記事はこちら
11月27日(月)
 11時40分のANAで東京行き。3時から赤坂のホテル「マロウドイン」で「全国やきとり連絡協議会」「第2回全国やきとりサミット」が開催される。モノレールで浜松町に出て、タクシーで赤坂へ。時計を見ると、2時少し前なので、急がなくてはならない。赤坂近辺では防衛庁や官邸など、警官の姿が目立つ。要人が来ているのかもしれない。
 会場に着くと、久留米の「うえ野」さん、「久留米やきとり学会」の豆津橋さん、室蘭の「一平」さん、福島の「鳥安」さん、「福島やきとり党」森崎さんの姿が見える。久しぶりなので、ホテルの中華料理屋でコーヒータイム。
 3時が近づいてきたので、会場へと東松山の「ひびき」さんに促される。事務局の森田さん、樋口さんも並んでいる。私は事務局長という立場だが、ほとんどは「ひびき」さんや事務局の方々のご尽力に「おんぶにだっこ」なのである。サミットでは、議事進行を勤める。やきとり発展のための議題が多く並んでいる。その中で、一番大事な問題は、山口県長門市北海道美唄市の加入を認めるかということだ。幸いにも、皆から支持されて、加盟が決定。「お互いに切磋琢磨していこう」とメンバーから声が上がった。来年の福島やきとりんぴっくの開催や事務局の運営などが話し合われ、「やきとりは世界に誇る食文化だ」「各地のやきとりの街がさらに協力して、パワーアップしよう」「みんなでやきとりの未来をつくろう」というのが、今回のサミット宣言だ。
 会議終了後、神田神保町の代理店へ行く。来年、某メーカーのキャンペーンでネーム入りのコラムを担当させていただいた。指名していただいたお礼も含めての訪問だ。担当の方々と「全国やきとり連絡協議会」懇親会場の赤坂アメリカ大使館前の「黒豚劇場」へ向かう。
 「黒豚劇場」は「ひびき」さんがオーナー。無機質なインテリアに、柔らかな照明で、メニューがはえる設計だ。東松山のやきとりに加え、赤坂ならではのおしゃれなメニューが食べられる。そこに若干、場違いな「全国やきとり連絡協議会」の面々が顔を揃えている。ゲストはJTBのOさん、日経のWさん、ウォーキング協会のNさんなど。皆が揃って飲むのは久しぶりなので、話は大いに盛り上がる。
 明日から北海道行きと断って、会場を出て歩いてホテルへ向かうと、入口に人の群れが見える。なんと、「全国やきとり連絡協議会」の方々。もう少し飲もうと、会場を移す相談をしていた。ジャズの看板が上がっている店へ入ると、単なるカラオケ屋だった。そこで赤坂交番近くの立ち飲み屋へ行った。日本酒の銘柄が並んでいる。「酔心」とアテの干物をいくつか頼む。熱い志を語る「全国やきとり連絡協議会」の面々とともに、赤坂の夜は更けていくのであった。


11月26日(日)
 明日から東京、北海道へと出張である。防寒のための下着や靴を買わねばならないと嫁さん。買物に出かける。
 3000円の商品券があったので「青山」へ行く。カジュアルシャツが安い。ワゴンにもお値打ち品が積まれている。あたたかそうなシャツを何枚か選び、購入。外は雨だったので、人が少なく、私たちとともに同じコーナーで50歳代のご夫婦が品選びをしていた。嫁さんが支払っている間、暇だったのでコーナーに戻ると、服がちらかった状態になっている。つまり、その夫婦は商品を見たものの、もとの状態に戻さず、乱雑なままその場を去ったことになる。自分たちは「客」だから散らかしてもいいと、思っているのだろうか? どのような人生を送ってきたのだろうかと思う。情けないことだが、このような人たちが日本をダメにした張本人なのだ。
 デザートブーツがあるから、靴はいいというと、北海道の雪で滑ったらいけないでしょと嫁さん。底がギザギザになっている靴を「靴流通センター」で探すと、いろいろなデザインがあるのにびっくり。普通にはけるデザインの靴にする。靴先に唐辛子のエキスで処理されていて、ポカポカするという。嫁さんがひとこと「冬の取材でも使えるでしょ」といった。
 防寒下着を買いにフジグラン今治へ行くも、車がいっぱいで入れない。そこで、東予市のパルティフジへ。ハイネックの綿下着。ばばシャツならぬ「じじシャツ」というところか。ズボン下も買うが、絶対はかないつもりだ。いや、たぶん、はかないと思う。


11月24日(金)
 取材を終えて家に帰ると、嵐山光三郎氏から荷物が届いていた。氏は、19日のイベントの後、翌日に金沢で開催された第34回泉鏡花文学賞の授賞式に出席されるとおっしゃっていた。開けてみると、受賞作『悪党芭蕉』のサイン本に手紙が添えられている。
 お渡しした『そこが知りたい 子規の生涯』を帰りの飛行機で読んでいただき、「エピソードがよくまとるられていて、ここまで書くのは、かなりの力技であると思いました。子規の人間関係をよく調べていて、地元松山でないとふみこめない人脈がわかります」とある。リップサービスとしても嬉しい。励みになるお言葉、ありがとうございました。
 氏の『悪党芭蕉』は、綿密な調査の上に裏づけられた芭蕉、弟子、作品、当時の様子などが、綺羅星のごとくちりばめられ、作品の上に登場する人物が息づいている。数々のエピソードに一気に引き込まれ、気がつくと、夜は更けていた。とても、私が足元に及べる存在ではない。
 嵐山光三郎氏を天空の北斗として頑張っていこうと思う。嵐山先生、ありがとうございました。


11月21日(火)
 私は文章書きのほかにデザインの仕事もしている。西条のマルトモ水産さんでパッケージデザインの修正を頼まれたので、9時半に伺う。今日の午前中までに返事をいただけなければ、納期が伸びてしまう。そこで、説明と判断をしていただくためだ。どう修正するかが決まり、別に提案していたデザインも進行となった。帰りに、ハモ海苔をいただく。ありがとうございました。
 家に帰って、デザインを修正し、印刷会社に納品。ついでに松山の南海放送へ寄り、野志さん宛のコピーを届ける。
 午後4時頃から、19日のイベントでお世話になった方々にお礼のハガキをつくる。下手な俳句をつける。子規の本を書いたのだが、俳句の腕はなかなか上達しそうにない。
 マルトモ水産さんからいただいたハモで、今日は。見ると、きちんと骨切りされた身だった。
 ハモと水菜、豆腐のシンプルな鍋。昆布をしいた鍋へハモを落とすと、白い身がくねり、花が咲いたようになる。食べると、柔らかくとても上品な味だ。鍋をバクついたあとは、雑炊にする。卵をいれて、固まらないうちに火を切ることが肝要。炊きすぎた雑炊ほど不味いものはない。
 半熟状態の雑炊に、これもマルトモ水産さんからいただいた海苔をかける。この冬の一番摘みでつくられた「うぶ海苔」といい、マルトモ水産さん自慢の海苔だ。香りがよく、しっかりとした味。雑炊の味が「うぶ海苔」で際立つ。自慢したくなる味なのは間違いない。
 今日の晩飯はマルトモ水産さんに感謝。美味しいハモと「うぶ海苔」をありがとうございました。


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11月20日(月)
 午前8時半から南海放送。7階に入るのははじめて。編集されたパート画像を見せていただく。番組に挟まれるコメントのためのチェックだ。
 9時半頃、野志アナウンサーと二人のスタッフとともに場所を松山城に移す。番組名は「愛媛のイチバンを探せ」という30分番組の録画なのである。今回は松山城がテーマだ。「日本三大平山城」「一番最近に建てられた現存天守」など、切り口はいろいろとある。
 ロープウェイで長者が平(ちょうじゃがなる)へ向かい、山頂広場で椅子を借り、撮影。松山城のイチバンやコメントを喋っていく。場所を何カ所か移って撮影が終ったのが、11時過ぎだった。途中、子供たちが遠足で来ていたが、邪魔されることなく終了。
 今回の内容は、「鬼北町のキジ」「松山城」「しゃちほこパン」の三題。放映は11月26日(日)の午後4時25分から。楽しいないようなので、ぜひご覧あれ。
 野志さんのおごり、萱町の「」でセルフうどん。かけうどん(大)アナゴの天婦羅を食べる。ダシは讃岐風だが、麺はやや柔らかめ。今はなき「としだ」の麺を思い出した。ただし、あれほど柔らかくはない。念のため。
 嫁さんが松山に午後に来ていたので、電話をかけると昼を食べようという。お腹はいっぱいだというと、イタリアンなら食べられるでしょと、衣山の「マルデ・ナポリ」へ。マルガリータのピザランチを食べる。
 6年前に行ったイタリアでは、南に行くほど料理の味がよくなっていくのを感じた。ピザの厚みも南ほどどんどん薄くなっていた。「マルデ・ナポリ」のピザは薄くて美味しい。これなら、うどんの後でも無理をすれば食べられる。
 嫁さんのお姉さんの希望で三津の井上酒店へ。引っ越しのお礼に日本酒を買いたいと、新潟の「緑川」と愛媛の「城川郷」を選ぶ。すっきりタイプとどっしりタイプの組み合わせだから、送られた人は喜んでくれるのではないか。
 5時前に、情報誌の出版社へ。10月から取材を依頼されたのだ。担当のYさんとははじめて会う。「仕事をするなら、楽しく」というのが私のモットーである。連絡と報告をきっちりして、迷ったときは編集者と相談というのが、今まで仕事をしてきて身についた最良のシステム。情報誌というスタイルなので、情報をいかにわかりやすく伝えるかが「キモ」。限られた分量なので、必要な項目をコンパクトにまとめること、編集者が楽なように工夫すること、納期をきっちり守ることが必要なのである。
 東予でオープンする温泉の前を通って帰宅する。


11月19日(日)
 コンフォートホテル広島には朝食がついていた。ツインで7500円という料金のため、さして期待していなかったが、行くとフルーツやサラダもある豪華版。おにぎりをほうばる。嫁さんはコーンフレークにアップルパイ。期待外の出来事というのは、印象に残るものだ。
 「しまなみ発魅力新発見フォーラム」というイベントのパネルディスカッション出席のために、広島から大三島へ移動。午後3時過ぎからの開始なのだが、11時半に集合する。
 パネラーはNPOプラットフォームおのみち代表の徳永修さん、東オホーツクシーニックバイウェイ連携会議代表の高谷弘志さん、そして私。しまなみ海道'99総合プロデューサーだった茶谷幸治さんが座をとり仕切るコーデイネイターという面々である。
 11時半に会場へ到着し、控え室へ。皆さんと会うのははじめてだが、和気あいあいの内に弁当をつまみながら雑談。地域の発展のために、頑張っている人たちのため、話が弾む。
 そうしているうち、基調講演講師の作家・嵐山光三郎氏が到着した。高校の頃、氏がメンズクラブにコラムを連載されていた頃からのファンなのだ。このイベントに氏が来られるということを聞き、出席を快諾したといういきさつがあった。エンターテイメントを装いながら、文学に対する骨太で真摯な姿勢が作品に貫かれている。まさに「心は硬骨漢」という人だと思っている。
 氏の第一印象はとてもソフト。名刺をお渡しした途端、「土井中さんか、会いたいと思ってたんだ」とうれしいお言葉が帰ってきた。氏が今治に来られた際、伊予銀行の支店長から私の本を渡されたそうだ。サインをいただこうと思って持参した唐十郎監督の「仁侠外伝 玄界灘」をお見せしたところ、お持ちでないという。この映画には若き日の氏が出演していたので進呈させていただいた。温泉をテーマにした『ざぶん』という本にサインをお願いしたら、似顔絵を描いていただいた。「荒俣に似てませんか?」と問うと、「あれほどひどくないよ、君の方がだいぶましだよ」と氏。この本は家宝にさせていただこう。
 最新刊の『そこが知りたい 子規の生涯』をお渡ししたら、地元からの視点で子規と虚子の関係について書くことを勧められる。後継問題、俳句観など、二人の相違と相剋から互いの位置の違いを浮きぼりにできれば、確かに面白い。頑張ります。
 その後、嵐山氏を囲んでパネラーたちと談笑。興奮していたので、つまらぬことや失礼なことをあれこれ喋ってしまったことに反省しきりである。
 嵐山氏の講演は「しまなみのおいしい調理法」と題する、しまなみ地域に対する食の提言。ぜんぶ「鯛」をつかった高級蒲鉾づくり、高級「寿司」を食べさせる店など、具体性に充ちた楽しい話であった。大量の客が押し寄せるといった形の観光ではなく、しまなみ地域はじっくり味わうことで旨味がでてくるということなのだろう。
 パネルディスカッションは約1時間半だが、各パネラーとも一家言をお持ちなので、茶谷さん、さぞかし大変だったろうと思う。私は、しまなみ地域の「編集」と「行動」することの大切さを語る。来ていただいたお客様にも、楽しい時間を持っていただけたのではないかと推察する。
 イベント後は、マーレグラッシア大三島で塩湯。すぐ近くに「伯方の塩」大三島工場があり、見学もできる。嫁さんはイベントの間、大三島観光に励み、「伯方の塩」見学で「塩のサンプル」をもらったと自慢する。風呂から出た後は、肌がすべすべ、気持ちがいい。
 今治へ帰って郷「源内」へ。なごやふぐの刺身とちり、きすの天婦羅などを食べ、〆は雑炊。焼酎とビールを飲み、二人で8800円。きっちりした料理が食べたいときは「源内」に足が向かう。居酒屋風の店がまえを割烹風にしたら、もっと客が増えると思うのだが、そうなると敷居が高くなり、私たちはあまり行けなくなるかもしれない。


11月18日(土)
 19日のイベントが大三島であるため、足を伸ばして広島へ渡ろうということになった。
 朝の10時頃、出ようとしていたら、「青山」石工房さんより連絡。10月に行われたイベントのDVDができたとのこと。私は、「命を語り、命を歌う」と題されたイベントにデザインで関わっていたのである。途中、大島に寄り、DVDを受取って、尾道へ向かう。
 尾道では嫁さんが行きたがっていた「招き猫博物館」へ。千秋寺ロープウェイ乗場から細い路地をすり抜け、保育園の隣にこぢんまりとした家が立つ。見逃してしまいそうな佇まいだが、看板と壁に描かれたイラストでかろうじて場所がわかる。
 100円の入場料を払い、さまざまな招き猫を眺める。美術館主宰のコレクターで画家の園山氏が描いた招き猫のイラストラベルが貼られた日本酒が売られていると聞き、酒屋さんへ。「朱華園」の通りを市役所の方へ歩くと、市役所前の道から一筋手前の道を入ると目当の「向酒店」さんがあった。招き猫の日本酒は入口近くのスペースに置かれている。もともとの酒は「酔心」純米酒。「酔心」は、横山大観が愛した酒として知られ、呑み口が爽やかだった印象がある。720mlで1800円ほど。ラベルは手書きのため、それぞれに猫の表情が違うのである。
 高速道路に入り、一路広島へ向かった。まずは、現代美術館で開催されていた「海洋堂展」に行く。食玩フィギュアで知られる「海洋堂」さんの歴史をたどる展示に、アニメファンとおぼしき学生やオタクっぽい人たちが熱心にフィギュアに見入っていた。この夏に高知美術館で開催されていたが、都合が悪く行けなかったので、今回の開催を楽しみにしていたのだ。フィギュアの精緻さに驚くとともに、「継続は力」であることを思い知らされる。どんな分野でも、少しずつでも歩んで進むことを止めなければ、評価されるのである。決して慢心せず、日々の冒険を続けていこう。自分の戒めとして…。
 広島の街は、蛭子大祭で賑わっていた。中央通りには屋台がぎっしりと並んでいる。屋台をすり抜け、お好み焼き「みっちゃん」へ。いわゆる「広島焼き」である。薄い生地にたっぷりのキャベツが入り、麺類を載せる。注文したのは特製スペシャル850円。たっぷりのイカと豚肉が入っている。にんにくを効かせたソースをたっぷりかけ、コテを使って食べる。皿にのせると冷えてしまうので、鉄板の前に座った。
 平和通り近くのホテル・コンフォートホテル広島へ。ホテルの近くで飲もうと、市内をうろうろしていたら、中央通りまで来てしまっていた。結局、立ち寄ったのはホテル近くの「エルム」という居酒屋。私は「中々」ロック、嫁さんは生ビール。「さんまの立田揚げ」や「カルパッチョサラダ」など、あれこれ頼んだが、どれもたっぷりの量で美味しい。支払いが二人で5000円台だったのにはびっくりした。広島を訪れることがあれば、再度飲みに来ようと思う。


11月17日(金)
 西条に出かけたので、昼食は壬生川駅近く、日の出食堂の「竹定食」。日替りで、本日のメニューは魚のフライ(たぶんカマス)とクリームシチュー、鉢物と味噌汁、漬物、ご飯で680円。二階はフランス料理の雄「ファースト・ポケット」だから、料理のレベルは高い。ちなみに、「ファースト・ポケット」のロゴは私がつくっている。
 松山へ行く前に、産直広場の「周ちゃん広場」に立ち寄る。以前お世話になった吉田類さんへみかんを送るためだ。『そこが知りたい 子規の生涯』の刊行時10月には、みかんの季節ではなかったので、本日発送となった。本の同封をお願いしたら、箱に余裕がないので、6個もらい、そのスペースに本を入れる。途中、食べてみたら甘かったので一安心。中島のみかんであった。
 4時から南海放送でらくプロ制作のラジオ「宙也・岡田の勉強します」。金曜日の夜、10時30分からの30分番組に準レギュラーとして、月末に登場している。今日は、新しくなったスタジオでの初録音。「県民性/山陰」と「2006年を振り返って」のテーマで対談した。話すネタを前もって箇条書きにしておき、互いに話をキャッチボールする。宙也さん、岡田さんの軽妙なお喋りと的を得たフォローに助けられているが、雑談の楽しい雰囲気を伝えられたらいいと思っている。私のマスコミ露出はらくさぶろうさんに助けられていると実感。心の中で手をあわせる。


11月14日(火)
 昼飯はすかいらーく「夢屋」で「得々天丼ランチ」600円。嫁さんのねらいはドコモを持っているとデザートが半額になるというキャンペーン。それに釣られて、ここに来たというわけ。
 海老以外にも野菜がたっぷり入った天丼と小さなうどんのセットは600円なら安い。デザートは「ぜんざい」にした。嫁さんは「チョコレートパフェ」。半額に満足していたようだ。
 嫁さんに用事があったので、夜は遅い食事となった。何を食べたかというとサティで半額になった「ちゃんこ鍋セット」。嫁さんは「キムチ餃子鍋セット」。野菜と食材、うどんが入って480円が240円となっている。「定価だと買う気はなかったけど、半額だからね」と嫁さん。カセットこんろで互いの鍋を火にかける。確かに、手軽で不味くはない。身体もぽかぽか温ったまる。
 今日は妙に半額づいた日なのであった。


11月13日(月)
 またまた「田むら」である。今日は今治名物の「焼豚玉子飯」を「B-1グランプリ」に出場してもらおうとの打ち合わせだ。その代表者にふさわしい呉服屋のTさんと待ち合わせている。100キロ以上の巨漢だが、リーダーシップと行動力をあわせ持ち、こうした動きには最適の人物なのである。
 打ち合わせをそこそこに、今日は「揚げ物」特集。魚や野菜を揚げてもらう。仕上げはおにぎりに「にんにくみそ」をつけていただく。
 食欲を満たした後、スナックにつれていってもらう。名前は忘れたが、ビルの2階。カウンターの中に入る女の子たちを見ると、すっかりおじさんになってしまった自分に落胆する。話についていけず、お客さんたちが詰めかけて来たので、早々に退散。
 とにもかくにも、「焼豚玉子飯」を全国的なものにするためのプロジェクトは、本日、推進の運びとなったのである。


11月10日(金)
 日経のNさんから練り物が届いたとのメールあり。3日のお礼も込めて、日経サイト「食べ物新日本奇行」のテーマ「練り物」を送っていたのだ。送らせていただいたのは、徳島の「ちくわまんじゅう」と松山市北条の「かまぼこ羊羹」という練り物フェイク菓子、卵が入ったふわふわかまぼこ「鮮魚カステラ」(今治)、揚げた練り物「オランダ」(今治)、蒲鉾の削り節「鯛の華」(今治)、海老のじゃこ天「えび天」(四国中央)、ストローで蒲鉾を巻いた「すまき」(観音寺)、細長い練り物の天婦羅「細天」(観音寺)というラインナップ。
 夜は「ブリキのがちょう」のさんちゃんより電話があり、某保険会社の支社長さんより接待。家から3分ほどの「田むら」へ。「地鶏焼」や「小いわしの天婦羅」をいただく。支店長さんは今治の歴史や風土に興味があり、話に花が咲いた。いろいろな場所に赴任したが、食べものや風景など、今治には素晴らしいものがたくさんあるとベタ誉め。まったくその通りなのに、今治に住んでいる人は、このことに気のつかないことが残念。
 二次会はもちろん「ブリキのがちょう」へ。ライブができるワンショット。さんちゃんは「やきとり天国」の作曲者で、知り合ってから30年近くたっている。さんちゃんのブルースを聞きながら、アルコールが身体全体に沁みていき、夜はますます更けていくのである。


11月9日(木)
 坂出へ行く。昼飯は丸亀平井美術館前のレストラン「ミセスkeikoの手づくりケーキカフェ」。美術館の敷地にあるためか、アンディ・ウォホールの「モンロー」が何枚も飾ってあるインテリア。ただし、平井美術館は現代スペイン美術の展示が中心だ。
 サラダ、パン、ドリンクがバイキングとなっていて、ランチが880円という安さ。パスタのAがトマトソース、Bがクリームソース、Cが和風。カレーやピザ、グラタンのランチもある。
 トイレでびっくりする出来事があった。トイレ(大)に入っていると、オバハン二人連れの声がする。ドアをノックするやいなや、ドアを開けようとバンバンひっぱる。ここのトイレの鍵ははずれやすく、中に入ってこられそうになる。「ここは男性用ですよ。女性用は向こう」と叫ぶと、静かになった。オバハンたち、自分たちが加害者なんて露も思わないのだろうな。ドアが開かれていたら、彼女たちは被害者のように振るまうに違いない。トイレを出るとき、ドアを見るとGENTLEとLADYの英語が書かれてあり、男性女性をシンボライズした絵文字もある。オバハンたちはそれらに気づかなかったか、無知なのであろう。無恥なのは、間違いのないところだが…。
 用事がすんで、帰りに西条「武丈の湯」。自噴ではないが、鈍川温泉の湯と寒風山の水を使っている。広々としているので、気持ちがいい。小振りだが露天風呂があり、薬湯に浸かるのも好きなのだ。
 晩飯は今治に帰り、郷の「」へ行く。大将ひとりで料理をつくっているが、旨いと評判の店だ。揚げ物に定評があり、月に2回は必ず行く。「カキフライ定食」を注文。嫁さんは「海老フライ定食」に生ビール。僕はというと運転手なので、いつも水ばかりを飲んでいるのである。


11月6日(月)
 東京では「やきとり」三昧だったので、魚を食べたいと今治の郷にある「一本釣り」へ向かう。新鮮な素材とリーズナブルな料金の店なのである。
 「むくだい」(正式名は「せとだい」、「たもり」ともいう)の刺身を頼む。普通は、煮付けや汁に使うことが多い魚だが、新鮮だと刺身にできるのだ。その名の通り、鯛に似た白身で、クセがない。「イカの煮付け」「ハマチのカマ焼き」「おでん」「釜飯」などいろいろ頼んで、焼酎とビールをがばがば飲み、二人で9000円ほど。安いのがうれしい。


11月5日(日)
 朝8時にホテルのロビーでイベント主催者の方と待ち合わせ。3・4日のお侘びと言い訳を聞く。
 連絡と報告ができていないこと。リスぺクトの気持ちが何ら感じられないこと。この2点が、怒りの原因であると告げる。電話一本で、こちらは納得するのだ。このことを理解できたであろうか。
 ホテルからの帰り道、図書館があったので、「東松山の歴史」と畜産関係の本を複写する。とことん調べたい性分なので、いろいろと本を探したが、本当に欲しいものはなかった。次に訪れた時に、取材を重ねよう。
 空港へ向かい、嫁さんへの土産を買う。「東京ばな奈」のリクエストに応えるため売場に行くと、黒い「東京ばな奈」がある。「東京ばな奈の黒べエ」というそうだ。他に「東京ぴーち」というチーズケーキを買う。嫁さんは喜んでくれただろうか。


11月4日(土)
 イベントがはじまる2時間前に東松山へ到着した。昨日のことは忘れて、イベントの準備。某国営放送のSアナウンサーとあいさつ。昨日の非礼を詫びられたが、Sさんに責任はない。連絡さえちきんといただければ、問題はなかったのだ。Sさんと打ち合わせ。「やきとり」の情報やら合いの手を入れる役割だ。
 各自治体の首長さんたちが集まり、壇上へ。喋るのが得意の人たちのため、心配は不要だった。1時間ほどのイベントなのに話す人数が多いので、Sさんは大変だったと思う。Sさんが手腕を振るい、無事、イベントは楽しい内容で終了。Sさん、お疲れさまでした。
 4時過ぎから6時半からのパーティまで時間があったので、主催者側の人が気づかいをみせ、やきとり屋へ案内するといってくれたのだが、全や連のMさんと東松山やきとり探訪の約束があったので固辞する。6時にホテルに迎えに来てくださいと担当者に頼んだ。
 ホテルの隣のやきとり屋へ行く。お好み焼きのソース入れのような金属製の缶に辛子味噌が入っている。Mさんが刷毛で味噌を塗ると教えてくれた。やきとりは1本100円と安い。豚肉に辛味はよく合う。豚のしつこさが感じられなくなり、串が進む。とり肉の「やきとり」(変な言い方だが)もある。ひととおり、やきとりを食べ、ホッピーをたらふく飲んだ。二人で2900円と安い。
 Mさんと別れ、迎えを待つ。ところが、6時15分になっても、迎えが来ない。イベントで同席した方と一緒に待っていたら、その方の携帯に連絡が入った。
 パーティ会場に向かうと、席がない。間に合わせの席が用意され、見知らぬ人たちの中にぽつんとひとり。乾杯まではと怒りを押さえ、会場を後にした。イベントに呼ばれることは多いが、今まで、こんなにひどい目にあったことはない。2日連続の失礼なのである。
 パーティの後に約束していた全や連のHさんとMさんと時間を早め、会うことにした。Hさんは、「まるで、こちらが怒られているようでしたよ」と感想をもらす。お二人になだめられ、怒りの虫がようやく収まった。Hさん、Mさん、ごめんなさい。まだまだ、人間ができていないことに多謝。


11月3日(祝)
 東松山でイベントがあるため、出張。朝3時に起きて、やりかけの仕事を終えたのが7時。眠い目をこすり、松山にある会社のポストに投函して、9時40分の飛行機に飛び乗った。羽田から京急で品川、山手線で池袋へ着き、東武東上線というコースで東松山へ向かう。打ち合わせの約束が1時半だったから、のんびりと移動して、東松山に着いたのが1時だった。
 東松山はイベントで賑わっていた。道すがら、東松山名物のやきとりを頬張る。ちなみに、東松山のやきとりは、豚カシラ肉に辛い味噌ダレをつけて食べる。食感と辛味が食欲をそそる味だ。
 約束の場所に到着した。すると、相手はもう帰ったという。朝3時に起きて、約束の時間に間に合うように到着したのだが、翌日使用する画像データを運ぶだけなら、メールでも間に合う。来る必要はなかったのではないかと、担当者に怒った。すると、担当者は慌てていろいろなところへ電話をする。打ち合わせが必要ないなら、電話をくれればいい。わざわざ、時間と交通費をかけて東松山に来る必要はないのだ。
 プンプンしながら、新宿のホテルへ入る。
 6時に日経のNさんと待ち合わせ。新宿のやきとり屋を案内してくれる約束だ。
 ご案内いただいたのは、「やきとり横丁」と「思い出横丁」。もと「しょんべん横丁」とよばれていたところだが、懐かしい雰囲気と猥雑なエネルギーを発散させている。「好きなんですよねえ、こういうところ」とNさんに感謝。
 入ったのは「やきとり横丁」の居酒屋。まず、「やきとり」と焼酎「中々」のロック、「イカの一夜干し」、「あなごの柔らか煮」などを注文する。東松山のイベント担当者のいきさつを話して、怒りをやわらげる。来年6月に富士宮で開催される「B-1グランプリ」のことを伺うと、応援団を中心に活動してもらいたいとのこと。自治体や商業団体の確認を得ないと出場できないのかと勘違いしていた。実は今治名物の「焼豚玉子飯」が出場すると面白いと考えていたので、適任者を探して出場の意志を伝える。ただ、実績が必要なのでしばらく時間がかかるかもしれない。
 新宿をうろうろしていると、花園神社が賑わっている。「酉の市」の前日ということで、屋台が出て、詣でる人が集まっている。今日は「とり」に縁があるようだ。いや、やきとりに関連した出張なので、「やきとり」詣でというところか。
 何軒か、飲み屋をまわったら、怒りはどこかに飛んでいた。Nさん、ありがとうございました。


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