松山あげの歴史

日本人の琴線に触れる干し油揚げ

 煮物や炊き込みご飯、鍋には欠かせないのが「松山あげ」である。愛媛県人の冷蔵庫には、この「松山あげ」がどこかに潜んでいるといっても、過言ではない。

 「揚げ」とはいっても、水を抜いた豆腐を薄く切り、油で揚げたもの。カリカリと揚がった「松山あげ」は、料理に香ばしさや油の豊かな味わいを加えるため、愛媛の料理には欠かせないものとなっている。

 油揚げの歴史は古い。十七世紀の『本朝食鑑』によると、豆腐を薄く切って水気を取り、油で揚げるという現在と同じ料理法がのっている。また、『豆腐百珍』には、世の人よく知るところとして、つくり方の記載がないが、一般的な料理となったことがわかる。

 このように水分を飛ばした「油揚げ」は、幕末から明治にかけて、松山郊外の農家でつくられていたようだ。水分を取ることで日持ちをよくする方法は理にかなったものだった。

 明治15年(1882)に創業した程野商店は、「干油揚げ」をつくり続けてきた。風味がよく、保存のきく「干油揚げ」は、軍備品として味噌汁や煮物に使われたという。昭和2年(1927)国鉄が開通したとき、「干油揚げ」を伊予の名品として売り出した。中国地方や九州一円に営業網を広げ、程野の「干油揚げ」は西日本の家庭で愛用されるようになる。

 昭和39年(1964)「干油揚げ」は「松山あげ」と命名され、県外にも多く出荷されている。料理の傍役として、全国で活躍。その保存力と美味しさで、南氷洋捕鯨、北洋鮭鱒船団、南極観測船『宗谷』のキッチンでも活躍しているという。

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