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フェリーニ監督というと、「8・1/2」や「甘い生活」のように、やや難解なテーマを得意とするように思われがち。しかし、「道」や「アマルコルド」など、心に深くしみ入る映画もあります。
では、フェリーニ監督の助監督時代の脚本作や童貞作はどのようなものかを見ていきましょう。
「戦火のかなた」や「ドイツ零年」で知られるイタリア・ネオレアリスモの巨匠、R・ロッセリーニ助監督の「アモーレ」は、女優アンナ・マニャーニの大芝居が楽しめる映画です。
第1部は、ジャン・コクトーの原作により、A・マニャーニは別れたばかりの女性を演じます。睡眠薬をのみ、男性からの電話を待つ女。思い出や未練、悲しみや苦しみ、まだ残っている愛情などを時間がたつにつれ、明らかになっていきます。カメラはただ女を見つめるだけ。A・マニャーニの優れた演技が際立ちます。
第2部では、信仰という「愛」についての物語。フェリーニは、脚本のみならず出演もしています。A・マニャーニ演ずる羊飼いのナンニーナは、ある日、丘でひとりの男と出逢います。男を聖ヨゼフと思い込んだ彼女は、神を信じる心をせつせつと語ります。男とワインを飲み、ひと眠り。眼を覚ましたナンニーニの前から、男の姿は消えていました。男は、ひとことも喋らず、ただワインをすすめるだけ。聖人かどうかもわからないのです。
ナンニーナは、妊娠していました。聖ヨゼフの子を身ごもったと信じる彼女でしたが、周囲の眼は厳しいもの。村人たちからは好奇の眼を向けられ、ついには家を追われてしまいます。しかし、羊に導かれ、岩山の教会で子供を出産します。ナンニーニは、出産を成し遂げ、満足げです。
これは「奇蹟」なのでしょうか。男は聖人だったのでしょうか。そして、これからの彼女と子供に、幸福は訪れるのでしょうか。
「寄席の脚光」は芸人の世界を描いたコメディです。フェリーニはじめての映画ですから、ふたりが監督をつとめていますが、原案はフェリーニのもの。そして、のちに妻となるジュリエッタ・マシーナも出演しています。
芸人・ケッコは、二流どころの劇団の花形役者。J・マシーナ扮する座長の娘・メリーナと婚約しています。踊り子志願の美しいリリアーナが一座に入って来たことから、ケッコの運命は大きく変わります。浮気者のケッコはリリアーナをひきつれ、一座を後にします。スポンサーを見つけようと努力するのですが、うまくいきません。
ケッコは、ふとしたことから、木賃宿に多くの人材がくすぶっていることがわかりました。ハンガリー人のダンス監督、アメリカ人の拳銃使い、ジプシーのギタリストなど。この人たちを集めて新しい劇団をつくろうと目論みます。メリーナからお金を貸してもらい、準備をはじめます。結果は、はっきりとは描写されませんが、おそらく駄目だったのでしょう。
リリアーナはというと、美貌を活かし、大きな劇場でダンサーとして雇われます。世界公演もあとに控える大出世となりました。
ケッコは、リリアーナと別れ、元の一座に帰りました。メリーナとの結婚も近づいています。公演の旅、近くの席に美人が座りました。映画の冒頭、リリアーナと同じように話しかけるケッコ。果たして、ケッコはどうなるのでしょうか?
フェリーニは、この映画がはじめてとは思えないほど、話をわかりやすく語ります。気をてらった表現は少なく、あくまでオーソドックス。ただ、出演者たちが歌や踊りのレベルが低いため、盛り上がらないのが残念です。
第2作の「白い酋長」は、夢と現実に折り合いをつける話。これは、次の機会に書こうと思っています。
どちらも、人間の愚かしさも含めて、信じることの大切さを肯定した映画です。どんなにみじめになろうとも、日々の生活の中で夢見ることの必要性をフェリーニは説いています。しかし、その結末は少しほろ苦いもの。これからの生活には、言及していません。
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