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「だいじようぶマイ・フレンド」の噂は聞いていました。ビデオ棚でホコリをかぶっていましたが、観ることもせず、そのままにしてあったのです。 さて、「だいじょうぶマイ・フレンド」。ひとことでいうと、脚本がめちゃくちゃです。行き当たりばったりで。説明がゼロ。スーパーマンのセックスや不安を描こうという意図はわかるのですが、ファンタジーやSFに必要な理論(こじつけでもいいのですがこちらが納得する説明のこと)がないため、観客は不安に苛まれるのです。 空からホテルのプールに落ちてきたゴンジーという名のアメリカ人は、スーパーマンでした。彼のパワーを悪用しようとする組織から、彼を守ろうとする男2人と女1人。しかし、彼はパワーをなくしていました。パワーを甦らせ、彼を救おうと頑張る3人の物語です。(ストーリーを正確に書こうと思えませんので、けっこういいかげん) 全体を語る気がしないので、思い出した部分を書きますと、冒頭はミュージカルシーンです。しかも、取ってつけたようなシーン。カットしても問題なし。その後、広田玲央名のヌードシーンになります。これも、何の脈絡もありません。玲央名嬢は、脱ぎ損です。 ゴンジーは、悪の組織に捕まりますが、ある方法で逃げることができました。その方法とは、なんでしょう[ヒント/「アメリカン・ビューティ」のケビン・スペイシー、「メリーに首ったけ」のベン・スティラーがスクリーンでしています] サイパンロケやミュージカルシーンは、仲間うちで楽しんでいるだけ。こちらへのベクトルを感じません。 ピーター・フォンダは、この映画の撮影前、「スターログ日本版」(1983.2月号)のインタビューで「シナリオを読んで奇妙な作品だと思った。しかし、ユーモアがあるしファンタジック」「日本の友人に会えるし、坐って食事ができる。その上、サイパン・ロケはあるわ、ギャラまで出る。これほど恵まれた仕事を断る手はないだろ?」と語っています。 村上龍氏は、この映画に2年間構想を練ったというけど、ウソですよね。
いくらかの免疫をつけていたためか、「限りなく透明に近いブルー」は、いい映画に思えます。青春真只中の龍氏の日常を切り取った映画です。芥川賞をとった小説は、過去に読んだことがあります。題名の直接の由来は、ゴキブリを潰すと、絵の具を舐めていたらしく、体液がブルーが染まっていたことでしたっけ。(ゴキブリは、部屋にエサがないと、確かに書きかけの絵を舐めます) 「限りなく透明に近いブルー」は、基地の近くに住み、ドラッグやセックスにふける若者たちの生態を描いた映画。自分たちが過ごしてきた生活をスクリーンに描写するため、リアリティがあり、日本映画で登場する若者の生活がいかにウソ臭いかということが、よくわかります。しかし、そうした描写に馴れてくると、のんべんだらりとしたストーリーに飽きてきます。 平田満や斎藤晴彦が出演しています。平田満は、小市民のアウトサイダー。斎藤晴彦は、アフロヘヤーのカメラマン(毛がふさふさ)を演じます。興味深いのは、若き日の三田村邦彦が村上龍によく似ていること。つまり、これは村上龍氏のナルシスト映画だったのです。 最後、村上龍氏にお願い。映画に興味をもつことなく、小説を書くことに専念してください。心から、お願いします。 |
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「限りなく透明に近いブルー」 出演/三田村 邦彦 |
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「だいじょうぶマイ・フレンド」 出演/ピーター・フォンダ |