|
「せんざんき」とは何であるかを県外の人に説明するのは難しい。
●焼鳥屋で「せんざんき」を注文し、目の前に出てきたのに、じっと「せんざんき」を待っていた人を何人か知っている。
●他の地域の焼鳥屋で「せんざんき」を注文して店の人から怪訝な顔をされた人も知っている。
●鶏の唐揚げとは思えない、アルマジロ系の動物を使った料理のような名前だと思うと真剣に言われたことがある。
●ほとんどの人から「鶏の唐揚げ」とどう違うのか、と言われてしまう。
今治の人ならば多かれ少なかれ、県外の人と鉄板スタイルの焼鳥屋へ行って、このような体験をお持ちに違いない。この不可思議な響きを持ち、人を当惑させる「せんざんき」。
この名前の由来は何なのだろう。
「せんざんき」の名前がどうして付いたかには諸説ある。
一、鳥肉を千に斬って小さく切ることから「千斬切(せんざんき)」という説。
二、近見山に生息していた雉肉を最初に使ったことから「せんざん雉」という説。
三、近見山の麓に住んでいた千さんという人が考案し、雉を使ったから 「千さん雉」という説。
四、中国語の読み方からきているという説。
以上が主な説。他に、漁師さんが船の上で作ったから「船ざんき」という説がアンケートで出てきた。
まず、「千斬切(せんざんき)」説。
小さく切ったものという理由ならば、鶏を使ったものでなくてもいいのではないかと思ってしまう。鶏以外の「せんざんき」の可能性があるのだ。しかし、「せんざんき」に鶏以外の揚物はない。
また、ぶつ切りを千に切るという表現はしないのではないか。「五味鳥」さんがテレビで喋っていたため、この説を支持する人もいるが、違うような気がする。
続いて「せんざん雉」説。
古老の話では確かに近見山に雉は多く生息していた、という。鶏ではなく雉を使ったということはいにしえの話となる。江戸時代とも言われているこの説だが、残念ながら史料には載っていない。
「今治夜話」「今治拾遺」「愛媛面影」などの近見山の話に必ず「せんざんき」のことが掲載されていると思う。今治の地名と無理矢理結びつけた印象も否めない。
お次の「千さん雉」説。
ハローページを見ると千さんは何人かいらっしゃるのだ。「今治夜話」によると千利休の末裔とのこと。「千家の同姓、鳥生に在り」と書かれている。但し、これも文献への掲載がなく、面白話として作ったのではないか。
中国語説を支持した理由。同じような名前が中華料理にある。
当方としては「せんざんき=中国語説」を支持する。
今から十年以上前、横浜中華街の「聘珍楼(ぺいちんろう)」のメニューで「軟炸鶏(エンザーチ)」骨付鶏の唐揚げ・「清炸鶏(チンザーチ)」骨なし鶏の唐揚げというのを見つけた。この時以来「せんざんき」は中国語ではないかと思ってきた。「エンザーチ」が「せんざんき」と称するようになったのは理にかなっていると思う。
中華料理の本に同じメニューが出ていないかと探してみると柴田書店「鮮・中国料理味づくりのコツ」(山本豊著)に若鶏の唐揚げとして「軟炸鶏塊(ロワンジャアジィコワイ)」と載っている。
この唐揚げは衣を別に作ることはせず、下味付けした鶏に卵と片栗粉を混ぜ合わせて揚げるという調理法を取っています、との説明。
これは「せんざんき」の調理方法と同じではないか。また、最後の塊(コワイ)は鶏の切り方を意味するもので読まなくても意味は変わらない。
しかし、チンザーチとロワンジャアジィの発音の差は大きい。
中国語辞典を調べてみた。各々の言葉を組み合わせると【ruanzhaji】と発音するようだ。ただ鶏のジーはチィとも発音する。平凡社「中国食探検」(周達生著)には鶏はチィと書かれてある。
なるほど、四川料理の棒棒鶏は「バンバンジィ」というが広州料理の白切鶏は「パイセイチィ」という。
中国人に聞いてみることにした。北京語を使う人。「軟炸鶏」は「ウエンジャーチ」と発音。鶏を揚げたもので美味しいですよ、とつけ加えてくれた。
「ウエン」は中央にアクセントがあり「ジャー」は「あ」と「え」の中間の発音。「チ」は「ち」とはっきり発音した。
英語で"What time is it now?"を米国人に伝えるために江戸時代末に「掘った芋いじるな」といったことを思い出した。テレビの「タモリ倶楽部」のコーナー「空耳アワー」をご存知の方なら、辞書の読み方をそのまま信じることに問題があることも解るだろう。発音は聞いた人の主観に左右される。「せんざんき」は中国語であることは間違いないと思う。
鶏の唐揚げを北海道でも「ざんき」ということを俳優で美食家の梅宮辰夫氏が今治祭りのイベントで語っている。北海道は新居浜市からの移住が多い土地であり、東予地方で鶏の唐揚げが「ざんき」と呼ばれていることから何か関係があるのではないかと思った。
で、北海道庁の商工課に確認。担当の人が言うには、北海道全土では鶏の唐揚げを「ざんき」という、とのこと。中華料理の炸鶏(ザーチ)料理からきているらしい。新居浜出身云々は関係なし。
今治市から遠く離れた北海道で鶏の唐揚げに同じような名前が付いている。これで中華料理説の信憑性がはっきりした、と考える。
遠く離れた地域で似たような名前がつくのは偶然ではない。中華料理の名前に由来すると考えるのが妥当だと思う。
次は「せんざんき」の歴史。戦前からあったという人も。
名前の由来が解ったので、次は「せんざんき」の歴史を調べてみよう。
今治はご存知の通り、村上水軍のふるさとでもある。中国方面にも出掛けたかもしれない。そのとき、鶏の唐揚げが伝わっていたとしたら、面白いのだが。残念ながら史料には「せんざんき」のことは触れられていない。
平成元年に愛媛新聞社から発刊されている「愛媛の味紀行」で大亀藤英さんにより「せんざんき」が紹介されているが、その中で昭和初期、大阪で修行をして、今治の「東雲」で板前をしていた青野鬼四郎さんが考案したとの記がある。鶏料理をした際に残った身の付いた骨を醤油味のタレにつけ込み唐揚げにした、とのこと。
筆者である料理家の大亀さんは「せんざんき」の名前は付いてないが、「せんざんき」のように鶏を揚げた料理は戦前からあったとのこと。鶏の揚げ物料理が盛んな九州地方から伝わったのではないか、とおっしゃる。
大亀さんも「せんざんき」の名前の由来は中華料理説を支持してくれた。
ポルトガル語の「天麩羅」や「バッテラ」のように外来語が料理の名前になった例が多くある。
伝説の店「スター」。
「せんざんき」秘話を聞いてみた。
「せんざんき」を語るとき、絶対に欠かせない店がある。港町、現在の室屋町の菅商店の場所にあったという「スター」である。
ご主人の杉山正夫さんの個性とともに「せんざんき」の発祥の店として伝えられている。昭和四四年まで営業されていた「スター」の「せんざんき」の味を懐かしむ年輩の方は数多くいるのだ。
杉山正夫さんの娘さん、千鶴子さんにお話を伺った。
「スター」は最初、カフェーでした。昔、港町と呼ばれてたこの場所で営業してたんですよ。今は菅拓三商店さんにお貸ししてますけどね。
鰻の寝床みたいな細長い店。カウンターが一四・五席、あとは四つほど卓がありました。刺身も出す小料理屋といったところでした。
お父さんが満州へ兵隊で行った時、中国の人に教えてもらったのが「せんざんき」。「センザンチー」と言ってたようです。最後の「チー」と言うのは語呂が悪いので「き」に替え「せんざんき」にした、と。
昔はね、鶏は高級だったんです。五軒道路の鳥豊(現在の阿部商店)で赤どりを丸まま買って調理していました。
「せんざんき」は滋養がつくと言って、よく注文されました。今の「せんざんき」とは味が違いますね。今の鶏みたいに味が無い肉じゃない。しっかりした肉でした。味が濃いと言うんでしょうか。それに衣ももっと薄かったように記憶しています。
昭和三○年頃はスターの「せんざんき」が県下でも話題になって、今治駅でタクシーに「せんざんき」の店に行ってくれと言ったら「スター」に連れてきてくれたんです。
「せんざんき」の代名詞が「スター」。お父さんは個性が強くて色々言われていますが、味に対して真剣な人でした。美味しいものを味の解る人に食べてもらいたかったんじゃないかと思います。
勿論、「せんざんき」への自信もあったと思います。それが個性的な人だったと言われるんでしょうね。
今でも「スター」のことを教えてくれ、と言っていろんな人が聞きに来ますよ。NHKや新聞の人。「スター」の「せんざんき」の味を教えてくれと言う人もいます。
わたしね、「スター」の娘に生まれて幸せだったと思っています。誇りだと思ってます。お父さんの気持ちが「せんざんき」に生きてるんですからね。
今治の郷土料理として「せんざんき」を大切に育ててもらいたいと思っています。
今治の代表的郷土料理「せんざんき」に期待する。
今治の郷土料理「せんざんき」。この料理の不思議な名前の由来と歴史は以上の通り。この名前のため、さまざまな伝説が作られてきた。事実を基に想像力が一人歩きして多種多様な理由が誕生する。
とにかく、この「せんざんき」という名前には話を作り上げたくなる魅惑が潜んでいることは間違いがない。
カリッと揚がった鶏を含むとジューシーな味が口の中に広がる。骨までしゃぶって美味しさを楽しむ。「せんざんき」はもう一つ食べたいと願う気持ちがおさまらなくなるのだ。
下味を付けるという秘訣を持つ「せんざんき」はこれからもこの奇妙な名前と美味しさで今治の代表的な郷土料理として人気を集め続けるに違いない。
|