新居浜八十八か所
このホームページは愛媛県新居浜市にあるミニ四国八十八か所霊場の一覧表です。(7/28更新)
大正10年3月、49番北の坊16世横関宥恵師が市内の由緒ある寺庵を踏査し、本四国88の土を配り、郷土の衆生安楽を祈念して開創された。
新居浜八十八ヶ所札所案内地図
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( 電話番号が記載されて無い処は無住である)

1.阿島大師堂・・・・・・(弘法大師) 弘法大師巡錫伊予21霊場1番札所 阿島町阿島587
大師巡錫のとき、この護摩谷に住んでいる大蛇を退治するとき霊水湧き出てその水を護摩法会のお加持水に使って奉修されたという。
2.阿島安養寺・・・・・・(薬師如来) 阿島町阿島58745-1374
およそ350年前建立、1647年堂宇焼けたがすぐに再建される。1番と続きの境内である。
3.白浜阿弥陀堂・・・・(阿弥陀如来) 郷町唐津山318
1723年天野喜四郎がおまつりしたが、その後本尊紛失するが昭和43年再建、翌年石刻の大師が奉られ大師堂と成す。
4.西楠崎地蔵堂・・・・(地蔵菩薩) 郷町西楠崎2089
立派な本堂と簡素な大師堂があり。
5.又野阿弥陀堂・・・・(阿弥陀如来) 又野町2−5
1754年税を2倍に上げられ村上平兵衛ら3人が千数百名で一揆をし抗議、税は元に戻ったが3人は死刑に、その徳を奉った。
6.下郷地蔵堂・・・・・・(地蔵菩薩) 郷町3−12−30
道路脇の集会所の中にあり。
7.下郷阿弥陀堂・・・・(阿弥陀如来) 清住町2
昭和57年8月再建。
8.中郷薬師堂・・・・・・(薬師如来) 清住町1清住町1
ゲートボール場の脇に立つ、昭和53年建立。
9.上郷薬師堂・・・・・・(薬師如来) 郷町4−22
山中に鉾前神社、山上に岡崎城跡、その麓にあり。脇に市の文化財石造の宝経印塔が立つ。

10.庄内地蔵堂・・・・・・(地蔵菩薩) 庄内町2−5−31
最近、新築された。
11.庄内薬師堂・・・・・・(薬師如来) 庄内町6−8−41
昔、常福寺だったが、天正陣で焼かれそのとき本尊が損傷片手となり、それいらい片手薬師と呼ばれ信仰される。
12.高木河内寺・・・・・・(薬師如来) 高木町3−2135-2626
飛鳥時代よりの名刹で七堂伽藍ありしも幾度の火災で荒れ果てる。五重塔の礎石あり、国宝級の本尊あり。
13.下泉川林香庵・・・・(十一面観音) 下泉町1−11−21
建物は寛文年間に建てられる。庵は市の文化財。
14.上泉毘沙門堂・・・・(毘沙門天) 上泉町4−2143-8104
1662年創立、福成師の開基で栄えたが1808年火災に遭うも再築されるが寂れていたが昭和55年改築される。
15.喜光地薬師堂・・・・(薬師如来) 喜光地町1−15−643-2850
1684年建立眼正寺と称すが、昭和31年歓喜寺となり町中の寺となる。昨年33番北内観音堂へ移転した。
16.隆徳寺・・・・・・・・・・(不動・聖観音) 四国不動霊場24番札所 外山町7−9 41-6833
明治43年、同一村内にあり争っていた正光寺と浦戸寺が合併し信力を一にす、よって本尊は2つである。
17.高柳大師堂・・・・・・(弘法大師) 岸の上町2−4−45
16番隆徳寺の飛石境内である、亡き庵主中尾寛興師が存命中は高野山前管長の森寛紹氏と親密でここへ3回も訪れている。現在は建物が老朽化したため、
空き地になっている。
18.上東田大師堂・・・・(弘法大師) 東田町1525−141-0855
昭和53年現堂改築、新居浜インターに通じるバイパスが堂の前に開通す。

19.光明寺不動堂・・・・(波切不動) 光明寺町2丁目
市場川にかかる赤い橋を歩いて渡り森の中の石段を上がると昭和8年建立の粟島大明神を奉る同じ建物に同居する。
20.坂之下大師堂・・・・(弘法大師) 船木町坂之下
国道11号線の脇に立つ交通安全祈願の石の地蔵さんの横にある、昔は150m東にあったが昭和35年国道開通のとき移動した。
21.長野青林庵・・・・・・(十一面観音) 船木町長野
最近、建て直された。
22.道面地蔵堂・・・・・・(地蔵菩薩) 船木町道面315
昭和55年に簡素なコンクリートの庵ができた。村のご本尊である。
23.長川毘沙門堂・・・・(毘沙門天) 船木町関ノ戸
高速道路にかかり南脇に新築された。
24.大久保観音堂・・・・(十一面観音) 船木町大久保1249
瑞応寺3世の分外和尚が開基される。田んぼの中のに寂しく建っている。
25.元船木地蔵堂・・・・(地蔵菩薩) 船木町元船木3682
高速道路にかかり北脇に新築された。
26.池田阿弥陀堂・・・・(阿弥陀如来) 船木町池田427943-3064
船木小学校の南の広大な墓地の西側にある、立派な本堂と大師堂がある。
27.国領観音堂・・・・・・(聖観音) 国領町4768
集落の中にあり。1766年元の本堂は建立、今の堂は昭和54年建立。

28.高祖神宮寺・・・・・・(大日如来)元船木3439 41-7413
三島神社の別当寺であったが、高速道にかかり移転新築された。(えひめ学園の南、高速道を越えさらに南の谷間)
29.種子川口亨徳寺・・(亨徳大師) 船木町高祖
種子川の森を上がると粗末な拝殿と後に小さな祠、その中に南無亨徳大師と刻まれた石が入っている。大寺だったが天正陣で焼かれ今となる。
30.川口地蔵堂・・・・・・(地蔵菩薩) 種子川町4−13
この辺り戦国時代生子城あり、千年の歴史があるそうだが定かでない。
31.川口新田薬師堂・・(薬師如来) 角野新田町2−9−2144-4706
1453年開建、三百年位前現在地に建立されお堂だったが昭和28年永平寺の末寺となり、昭和56年立派な本堂ができた。瑞光山薬師寺という。
32.北内中之坊・・・・・・(弘法大師) 北内町4−3−32
北内自治会館のとなり、イチョウの木の下にある。
33.北内観音堂・・・・・・(千手観音) 北内町1−12−36
本尊は行基作といわれている。最近、私費で本堂が建立された。
34.本俵閻魔堂・・・・・・(閻魔大王) 中西町9−21
鍵の掛かった簡素なお堂で、私有である。本俵は「ほどら」と読む。
35.立川万徳山大師堂・・・・・・(弘法大師) 立川町1034−1
1834年銅山の松井武衛門が瑞応寺に頼んで開山した。国領川の脇にあり石段の上と下に大師堂がある。
36.久保木曇華庵・・・・(地蔵菩薩)→瑞応寺 山根町5 41-6563
瑞応寺の東側の墓地の中にあったが今は取り壊され駐車場となっている。仏国山瑞応寺は1448年生子山城主が建立。

37.西蓮寺阿弥陀堂・・(阿弥陀如来)→瑞応寺
今は無い。本尊は瑞応寺に預けている。
38.篠場地蔵堂・・・・・・(地蔵菩薩) 篠場町12−3
嘉永3年建立。自治会館のつづきにある
39.山田薬師堂・・・・・・(薬師如来) 篠場町15−45
個人の所有で、旧寺名に復帰して、大蔵院深谷寺と称する。
40.上原地蔵堂・・・・・・(地蔵菩薩) 上原町3−5−23
広瀬公園の近く銀杏の木の下に小さなお堂がある。
41.井出口大師堂・・・・(弘法大師) 萩生町出口22
中萩自動車学校の道を登って行き高速道を越え大永山の出口にかっかたころ、道端に小さな小屋がある。
42.小味地山釈迦堂・・(釈迦如来) 大永山小味地
41番から山に入って延々と上がって行くと登山口、徒歩20分鬱蒼と茂った森の中に山小屋がある。朽ちた廃屋が近くにある。
その上に、1659年建立の星妙現神社あり、あたり一帯不気味である。
43.旦之上観音堂・・・・(聖観音) 萩生町旦ノ上1915
畑の中に、ぽつんとあるお堂である。
44.旦之上薬師堂・・・・(薬師如来) 萩生町旦ノ上1713
旦之上自治会館の一部である、およそ三百年の歴史をもつであろう。
45.石鉄山正法寺・・・・・・・・・・(不動明王) 大生院町160241-7554
嵯峨天皇の勅願寺。奈良末期よりの巨刹であったが天正陣で焼かれたが再建す。笹ケ峰の別当寺でもある。

46.岸之下西地蔵堂・・(地蔵菩薩) 大生院町喜来1297−1
1753年建立。地蔵尊の上に簡素な雨よけの屋根があるだけである。背後には墓地の丘陵がある。
47.岸之下地蔵堂・・・・(地蔵菩薩) 萩生町岸ノ下1153
道端にブロックで囲われただけのお堂。横に宝経印塔。飯尾酒造の鬼門よけに建てたといわれる。
48.白石阿弥陀堂・・・・(阿弥陀如来) 萩生町岸ノ下2118
御詠歌「しれいしの おかのうえなる あみだにょらい ごしきのひかり よをまもるらん」
49.北之坊仏光山阿弥陀寺・・(阿弥陀如来) 萩生町治良丸2188 41-7221
開基は1623年法印和尚覚上。金子氏・飯尾氏の菩提寺として創建されたという。昭和52年に遍照殿が建立す。
50.治良丸不動堂・・・・(赤不動) 萩生町治良丸2437
諏訪神社の東にあり、生雌八幡が左にある。250年前ころ覚暁禅門が開基。
51.治良丸地蔵堂・・・・(地蔵菩薩) 萩生町治良丸2248
1691年高尾城主高橋伊賀守をとむらう為、萩生寺初代住職が建立した。
52.白王山観音院萩生寺(南之坊)・・(聖観音) 曼荼羅霊場30番札所 萩生町治良丸2635萩生町2635 41-1578
1185年建立。天正陣で焼失するも慶長年間に再建、昭和57年ネパール型本堂新築。
53.萩生大師堂・・・・・・(弘法大師) 萩生町治良丸2681
52番の飛び地境内。水を所望した旅の僧空海に遥か遠くまで汲みに行き与えた、感激した空海が錫場を突き立て湧き出た霊水のある地です。
54.馬淵天馬寺・・・・・・(千手観音) 萩生町馬淵370
およそ四百年前に九州から仏像を迎えた。民家の入口にある庵、この家の私有である。

55.本郷地蔵堂・・・・・・(地蔵菩薩) 本郷町2−7−31
狭い境内に庵がひとつ。大きな銀杏の木が目印である。1766年に建立。
56.中村観音堂・・・・・・(聖観音) 中村町1−9
国道と旧道の間の墓地の中にある。最近きれいに新築された。
57.土橋地蔵・・・・・・・・(地蔵菩薩) 土橋町2−1−15
1763年建立。尻無川の土手の下、洪水で何度も流された。今のお堂は昭和50年改築。
58.西泉地蔵堂・・・・・・(地蔵菩薩) 西泉町7−14
1815年のお地蔵さんをブロックで囲っただけのお堂である。300年以上前に観音堂があったらしい。
59.西喜光地阿弥陀堂(阿弥陀如来) 西喜光地町10−6
仁志喜老人クラブが管理しているらしい。昭和5年の再建である。
60.松木地蔵堂・・・・・・(地蔵菩薩) 政枝町2−3
松の葉松木老人クラブが管理しているらしい。昭和56年墓地のある人々で改築された。
61.滝の宮地蔵堂・・・・(地蔵菩薩) 滝の宮町8−4
滝の宮公園の入口にある。1769年慈眼寺13代方谷巨周和尚の隠居所として建立された。
62.久保田地蔵堂・・・・(地蔵菩薩) 久保田町3−11−40
民家と道路の間に窮屈そうにある。昭和53年改築。毎年旧8月23日にお祭り行事をする。
63.西の土居 北谷寺・・(地蔵菩薩) 西の土居町2−15−4833-8138
1696年慈眼寺4世久岩淳長和尚が隠居所として建立。1720年星加六兵衛が先祖供養のため本堂建立。

64.お茶屋谷観音堂・・(聖観音) 西の土居町2−9−11
愛宕山麓の延命寺が天正陣で焼失した後、元禄年間に庄屋真鍋求右衛門が持庵として再建した。
65.磯浦地蔵堂・・・・・・(入山中地蔵菩薩) 磯浦町15
海岸で拾ったものを奉ったと伝えられている。
66.金子新田不動堂・・(不動明王) 王子町4−34
墓地の入口にある。
67.慈眼寺弘法閣・・・・(弘法大師) 西の土居町2−16−4732-2223
昭和36年に都市計画により西原町の墓地移転。その所有者たちが慈眼寺境内に大師堂を再建す。
68.西明山慶正寺・・・・・(釈迦如来) 一宮町2−5−335-2345
1813年創建。明治25年広島県の尊像を迎え、昭和13年喜多郡の慶正寺を遷す。昭和37年新築再建、洋風寺院となる。
69.東町観音堂・・・・・・(千手観音) 港町15−34
みなと保育園の奥の片隅にあり、厳島神社も一緒に奉っている。三百年前は賑わっていたであろう。
70.新須賀円福寺・・・・(延命地蔵) 新須賀町3−2−7133-2434
格式高い荘厳な寺である。聖武天皇のころ行基が本尊を刻み創始したと伝わる、のち空海が訪れ真言宗に改めた後も華々しい歴史がある。
71.新須賀大師堂・・・・(弘法大師) 新須賀町1−6−37
安楽院厄除大師堂。
72.八雲町宗像寺・・・・(薬師如来) 八雲町14−6932-2828
1137年恵徳和尚が創建。宗像神社の別当寺だったころもある。ここ最近本堂を新築された。

73.沢津清水大師堂・・(弘法大師) 松の木町1−4
天正のころからお大師を奉っていた。尊像は沢津の浜に流れ着いたものらしい。昭和57年新堂は落成。よく掃除整備されている。
74.沢津阿弥陀堂・・・・(阿弥陀如来) 沢津町2−2−32
俳人小林一茶が泊まったゆかりのお堂である。創建は行基と伝えられている。昭和57年再建される。
75.宇高観音堂・・・・・・(千手観音) 宇高町6−75−14
民家の裏にひっそりと建っている。
76.宇高地蔵堂・・・・・・(地蔵菩薩) 宇高町2−1−52
山門もあり境内は広い寺の感じがする構えである。
77.田之上大師堂・・・・(弘法大師) 田の上町1−20−32
近藤助左ヱ門が1596年、今治よりこの地へ楢原大権現を勧請し住居する。
78.垣生薬師堂・・・・・・(薬師如来) 八幡町2−3−65
1063年源頼義が伊予の国守のとき勅命により建立した8ヶ所の八幡宮と49ヶ所の薬師堂の一つである。今のお堂は鉄筋コンクリートだ。
79.垣生太子堂・・・・・・(聖徳太子) 垣生町5−4−14
村の中の民家に奉っている。庭からお参りする。
80.垣生観音堂・・・・・・(千手観音) 垣生町5−8
山の中にひっそりとある。弥谷寺の暁堂房が1856年頃この地に来て庵主となり、明治13年観音堂を建立し頂上への山道に33観音を並べた。
81.垣生法泉寺・・・・・・(弥勒菩薩) 垣生町4−9−1245-1252
1661年開基、宇高富留城主参河守の菩提所である。本堂大師堂ともに立派な寺院である。

82.垣生女乙山・・・・・・(女乙明神) 垣生町4−9
81番の奥の院で鎮守社、上に登ったところにある。女乙明神を中心に三宝荒神と若宮権現を奉る。
神功皇后の寄航を草創との言伝えもある。
83.松神子泉大師堂・・(弘法大師) 松神子町4−2−45
道路の交差点にある。昭和50年今のお堂ができ
84.黒島地蔵堂・・・・・・(火伏地蔵) 黒島町233
85番の飛び地境内。昭和47年再建、本尊は京円仏師作といわれる。
85.黒島龍宝山明正寺・・・・・・(聖観音) 曼荼羅霊場29番札所 黒島町130 46-3039
728年越智氏によって創建された古刹。西法寺と称してたが明正天皇の勅命により改名する。
86.黒島毘沙門堂・・・・(毘沙門天)→明正寺薬師堂
85番飛び地境内であるが、今は空き地となり新四国86番の石碑だけが立っている。
87.大島正立山正覚院願行寺・・(阿弥陀如来) 大島町11445-0512
黒島港から市営フェリーで大島へ15分。1573年讃誉上人が戦火を逃れ阿弥陀如来の安置の場所を求めこの地に来る。
88.大島多門院吉祥寺・・・・・(毘沙門天) 大島町14745-1386
貞観年間860年ころ、大島八幡宮の別当寺として開創、神宮寺として大日如来を奉っていたが焼失、1780年毘沙門天を迎え改名した。
奥院.清瀧不動院・・・・・(清瀧不動) 別子ライン清姫橋より徒歩20分
お堂の横から上ると滝の中腹で滝行ができます。
参考文献「心のふるさと にいはま新四国八十八ヶ所遍路記」藤田弥一郎氏著
地図データーは「カシミール3D」を使用しています。問題がありましたらメール連絡下さい削除します。
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