作詞:野口雨情
作曲:本居長世

青い目をしたお人形は
アメリカ生まれのセルロイド
日本の港へついたとき
いっぱい涙を浮かべてた
「私は言葉がわからない
迷子になったらなんとしよう」
やさしい日本の嬢ちやんよ
仲良く遊んでやつとくれ


青い目の人形


名前:フランセッタ
出身地:インディアナポリス
パスポート番号:12565
身長:36センチ
体重:630g
服:白地に赤の格子模様上着
とズボン、同じ布地での帽子
靴と靴下

(現在俵津小学校)


「青い目をしたお人形は、アメリカ生まれのセルロイド・・」ではじまる童謡「青い目の人形」
は1921年(大正10年)野口雨情が雑誌「金の船」に発表し、これに
本居長世が曲をつけた歌で、現在でも多くの人に親しまれ、口ずさまれている歌の一つである。(左上)

これは昭和2年に日米の子供達の友好を願ってアメリカから日本へ
向けて12,739体の青い目の人形が小学校、幼稚園におくられた。
(そのうち愛媛には214体やってきました)
この青い目の人形は当時の子供達の宝物としてかわいがられました。
そして答礼の使者人形として「大和日出子」という人形をアメリカにおくりました。
しかし時代の変化とともに日米開戦!(昭和16年12月8日)
「憎い敵、アメリカのスパイ」とされ処分を命じられました。
今ではおじいちゃん、おばあちゃんになっているがそのときのことを思い出すと
”胸がつまる!”と当時のことを言っています。
罪のない人形をスパイとし、子供体も人形処分の執行人に
仕立てられ、それを勇んでやらねばならなかった時代・・・戦争は何とも恐ろしいものです。

青い目の人形はすべて処分されたはずですが、実は少数の心ある人々によって
密かに保護され、戸棚や物置のすみに隠され残っていました。それが愛媛県には
5体あり、そのうち3体がこの明浜町に残っています。




名前:ノーマ
出身地:オハイオ
パスポート番号:7780
身長:33センチ
体重:460g
服:白い絹のワンピースと
帽子。靴と靴下

(現在俵津小学校)

これは昭和48年3月15日NHK「スポットライト」で紹介された
「人形メリー使節」を見た俵津小学校の卒業生の一人が当時の
幼稚園と小学校に贈られてきたことを思い出し同校に連絡。
先生達が構内を探したところ図工準備室の棚のすみに
木箱に入ったフランセッタとノーマを見つけたということです。


狩江小学校の青い目の人形



名前:ピッティー(児童がつけた名前です)
身長:36センチ
服:水色のプリント模様のつなぎのパンツ
ボタン留めの青い靴を片方だけ履いていた。

昭和21年から1年間狩江小学校の校長先生を務めていた
樋口清さん(松山市在住)から青い目の人形があったという話を聞き
構内を探したところ図工室の棚の上に寝かされたままになっていました。
ことろが
この人形が贈られたという記録がなく名前や由来を調べる方法が無かったということです。