端出場水力発電所 概略

 別子銅山の、動力を賄う為に、山の南側の銅山川水系から発電用の水を、日浦に集め、
日浦通洞・第三通洞の坑内を通し、導水路経由、石ヶ山丈貯水場まで導き、
一気に端出場の対岸にある発電所まで、当時、東洋一と言われる596mの落差を利用して発電していました。
明治45年、出力3000Kwで、発電開始。

 落差 596mと言われていますが、”マイントピア別子”の2階にある案内板には、597,18mとある。
                        cm単位まで詳しく出ていると、かえって ?? となる。
 端出場水力発電所が、関係者に特別公開された時、住友共同電力の案内の方に質問してみました。
答えは、「昔は、尺でしたので、メートルに変換したのでそうなったのだと思います」との、返答でした。

 大正11年発行の、「別子銅山」の本には、落差、壱千九百六十九尺との表記がありました。

 大正11年発行より

大正12年発行の、「別子銅山・改訂版」は、多少。表記が変わってきています。

 大正12年発行より

 これは、大正11年に、新居浜ーー>四阪島まで、19,312Kmの海底送電線で、電力を送るようになったからです。
これは、当時 世界最長の海底送電線でした。 大正11年9/23日敷設工事開始。 10/15完成。
端出場水力発電所は、発電機を増設して、出力4500Kwになりました。
これに伴い、四阪島火力発電所は、廃止になります。

 昭和37年、水利用計画の変更により、出力1000Kwになりました。
そして、昭和45年まで使われました。

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  尺 (シャク)
 (日本では明治時代に1尺=(10/33)メートル(m)と定められたので、1寸は(1/33)メートル、すなわち約3.03センチメートル(cm)となる。これは曲尺による寸であり、他に鯨尺に基づく寸などもある。鯨尺での1寸は約3.8センチメートルに相当する。中華人民共和国では、1尺=(1/3)メートルと定めたので、1寸は約3.33センチメートルとなる。また、国際単位系のデシメートル(dm)にも「寸」の字を宛てており、区別のため尺貫法(市制)の寸を「市寸」、SI(公制)の寸を「公寸」と呼ぶ。)

 と言うことで、計算してみると、落差 1969尺 は、596,666・・・・・mとなります。 597,18mは何処から出てきた数字でしょうか ?