どうでもいいこと、だけど・・・
<理不尽と不条理 其の六>
陰口

 陰口は嫌いだ。
陰口叩くなら、悪口を言うなら、正々堂々と本人の前で喋ればよい。
人前でニタニタしながらコソコソ話、時折コソコソ話の主人公ににやけた目線を送る。馬鹿なお前の話をしているんだぞ!と。
 差別をなくすとか人権教育とか公にやっているけど、昔から人間は何も変わらない。
 どんなにお偉い人が説いても、どんな教育者が説いても、永遠に陰口、悪口を話したり聞くのを好むのは治らないだろう。良い話を聞いたと思うだけで、自分に当てはめ自分を振り返り改める、という教えを学んでいないから。
コソコソ話が好きな人は、世の中は自分中心にあり自分さえ良ければよいとする、だからコソコソ話をする人の悪口を他の場所でコソコソ言われていることに気づかない。

 陰口を叩く人が、会社において上司の場合には最悪だろう。その上司は、上司としての資格が問われる。
きっとその上司の職場は、能力がなくても陰口が言い合える親しい仲間で構成された、とても陰湿な仕事環境なのだろう。
でも、その環境にどっぷり浸かっていると、「なんて和気あいあいの素晴らしい職場だ!」と錯覚に陥り、自分達が陰湿だとは決して思っていない。
 そして個人的なことまで、上司として知り得た事は公になると錯覚しているのか、自分がとてつもなく偉くなったと錯覚しているのか、誰彼なく話し回るだろう。
そんな上司を選出した、更にその上の上司も同類で、そんな上司達がいたなら、会社にとっても部下にとっても利益をもたらす事は永遠にないだろう。
ということは、その会社の発展はない。それとも、そんな陰口が言える時間のある会社には元々発展も未来もないのかもしれない。
または、発展する必要がない会社だから、陰口や悪口のコソコソ話が横行するようになるのかもしれない。なにせ、暇だから。
気の弱い人間であれば、仕事に対するヤル気も失せてしまう。
それとも気の弱い人間は仕事をする必要ない!と、遠まわしに言っているのだろうか。
例えば、それで部下が会社を辞めてくれたら、上司の評価が上がるとか??

 陰口を叩く人が、地域社会の中に居るならギスギスした地域になるだろう。
井戸端会議で交わされる陰口。その陰口に参加していないと、いつ陰口を叩かれるかわからないから、いつも参加しなくてはならない。
そして陰口仲間ができて、調子の良いうわべだけの付き合いになる。
でも、陰口を叩かれる人はたまったものではない。何も悪いことをしていないのに、ただ陰口や悪口を言ったり聞いたりすることが嫌なだけかもしれないのに、陰口の仲間にならないと妙な噂まで囁かれるようになる。「あの人は変わっている」と。
でも、いちばん変わっているのは、虚実の境が曖昧な陰口仲間とでしか生きていけない、コソコソ話が好きな人達なのに。
きっと、生活にも困らないし、幸せで何も考える事がないからだろう。

ひがみ、ねたみ、噂、陰口のネタには困らない。テレビでもインターネットでも会社でも地域でも家庭でもコソコソ話が溢れている。そして、それはとても魅力的に思えて気にかかる。
どうでもいい事だけど・・・・

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