必殺、読書人!!

 

124:中国 諸子百家の思想
 



 「孫子に学ぶプロジェクト管理」 三木祟行  内村靖隆 (画)  翔泳社


 ビジネスの矛盾がそのまま本となったような本です。この書籍は孫子を中心とした古典から現在のビジネス戦略を学ぼうとする立場から書かれていますが、ビ ジネスの世界が常に目の前の問題解決を優先する世界であるがために、古典を通じてビジネス戦略を考えることが、実はビジネスそのものの限界を明らかにして しまっており、そのことが逆にこの本の魅力となっているのではないかと感じました。恐らくこの本をビジネスのための How to 本として活用しようとする人たちは、逆にビジネスの罠にはまってしまうでしょう。この本は How to 本であって、How to 本ではなく、むしろ How to への執着を否定することが最良の How to であることを示唆しています。このことはこの本の中では明らかにされていませんし、著者がこのことをどのくらい意識して本書を書いたのかは分かりません。 けれども、誠実にこの本を読めば、How to と呼ばれる小手先のテクニックでビジネスの世界を渡っていこうと思うことがいかに傲慢で危険であるかが感じ取れるでしょう。それはまさに古典を通してビジ ネスを語っているからですが、それ故に小手先のテクニックに追い回されているビジネス世界の弱点を自らの本を通してあらわにしているのです。

 この本の主張を一言でいえば「自分を見失うな」ということに尽きるのではないかと思います。このことは本書の中で繰り返し述べられています。この本のパ ターンは、ソフトウェアービジネスのエグい側面を最初に掲げ、複雑な騙し合いの現状を喩えを用いて強調しつつも、最後にだからこそ自分を見失ってはならな いと主張しているところにあるといえます。「自分を見失わない」ためには「何のためにそのビジネスに関わっているのか」ということが重要になりますが、本 書ではこのことにはあまり触れられていないものの、随所でそれを示唆するようなたとえ話が展開されています。私としては、人の道に反して策を用いること が、長い目で見れば、逆に自らの首を絞めることになる点をもう少しはっきり示しても良かったとは思うのですが、敢えてそれに触れないのはソフトウェアービ ジネスの世界がかなりエグい世界だからでしょう。そういう人間には道徳論は非現実的な机上の空論に見えるのが落ちだからです。その意味で、私はこの本を本 来読む立場になかったのかも知れません。この本の冒頭には次のような人たちを読者として想定しています。

一、会社経営者であり、「兵法」と名のつく書物を読みあさっている
二、現在管理職にあり、上下間の関係で苦しい日々を余儀なくされている
三、システムエンジニアであり、渉外から内政まで関与する領域足を踏み入れている

私はこのいずれのグループにも属さない、一介の哲学者であり、ある意味でこのような人たちを距離を置いて見ている立場にあります。しかし、この距離のおか げで、私は本書自体がはらむ矛盾に目をとめるのであり、同時にそれに関心を寄せるのです。

 夢を見ている人間は自分の居る世界が夢の世界だとなかなか気づきません。深く夢を見ている時は特にそうです。先日、私が東京に行ったとき感じたのは、東 京で働く人たちの多くが、お金や権力などの人間の作った約束事、つまりはフィクションの中で日々仕事に追われる生活を送りながら、多くの人たちがそのフィ クションに気づいていなかったということです。このフィクションの上での世界では「人に迷惑をかけない」ことを前提に「より効率的に仕事をする」ことが求 められています。しかし、通貨危機や大地震が起こって隣人と互いに臨機応変に協力して生きて行かなくてはならなくなった時、今までの仕事は意味を失うで しょうし、「人に迷惑をかけない」ような傍観者的な生き方はもはや許されなくなるでしょう。そんな時に本当に必要なるのは、「自分を見失わない」生き方な のでしょうが、ビジネス書である本書にあってはその人間の生き方の基本を説くこと自体が一つの矛盾ではないかと感じた次第です。

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