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199:ユダヤ教


「古代ユダヤ教」 マックス・ウェーバー  岩波文庫
 

 世界史、特に中近東から西洋にかけての歴史を紐解くならばユダヤ人が「世の塩」として見出されるのでないかと思います。この民族は自らの強大さによって世界史をリードすることのはなく、むしろ自国の領土を長い間持たなかったのですが、まさにその故に歴史を媒介する特殊な位置に立って来ました。西洋を支配するキリスト教、中近東をはじめ多くの地域で強い影響力を持つイスラム教がユダヤ教を母体としていたことを考えると、いかにこの民族とその宗教が世界史において特異な地位に置かれていたかを実感します。

 「古代ユダヤ教」はウェーバーの宗教社会学の研究の一環として著わされた本ですが、彼は常に世界史におけるこの民族そして宗教の特異性を意識していたように思います。この本によるとユダヤ人の由来はベリースという契約によって成立した戦争のための連合が基本にあるとのことです。ですから、ユダヤ教の神であるヤハウェは戦争の神であり、東洋の哲学者たちが考えたような摂理の神ではありません。また、ユダヤ民族は言わば人工的に成立させられた民族ですから、他のエジプト人やメソポタミア人のように自然に成立した伝統の上に甘んじることが出来ない民族でもあります。実際、ユダヤ人のいたパレスチナの地はこれら両者の強大な勢力に挟まれ、外向的には常に緊張状態にありました。このような環境の中で自民族のアイデンティティを維持するのは容易なことではなかったでしょうし、まさにその故にその宗教も他には見られない特異なものになったのではないかと思います。

 これは多数者の中にいながらもそれに同化できない少数者の立場といって良いかもしれません。ウェーバーはこの状況を「バーリア民族」とか「ゲリーム」という言葉で表現します。前者はこの民族そのものが置かれた状況を指し、後者は同じユダヤ民族内における宗教的活動者(レビ人)の状況を指しているようですが、いずれにしてもこの少数者としての特異性がユダヤ民族を特徴づけ、またキリスト教以降の世界の歴史を決定づけてきたということが出来るでしょう。ですから、ユダヤ民族はエジプトやメソポタミアから多くの影響を受けながらも、断固として自己の独自性を守り、他との一線を画そうとします。魔術や占いの否定などはその典型的な例だといえるでしょう。ユダヤ人の立場からすれば、神の選民たることによってあらゆる魔術に優越し、またあらゆる占いが示す宿命からも自由であるというところでしょうか。ちなみに、最近話題になったエヴァンゲリオンというアニメでは呪術的なユダヤ=キリスト教的なイメージが展開されていますが、これらは本来ユダヤ教とは無縁のものであり、むしろグノーシス的キリスト教の立場に近いもののように思えます。

 いずれにしてもユダヤ教は他の当時の中近東の宗教とは異質なものでしたが、それが一朝一夕で出来あがったもの出ないことも確かです。有名な偶像崇拝の否定にしても、それが徹底されたのはバビロン捕囚以降のことのようです。ウェーバーはこのユダヤ教の原理の徹底化の中にユダヤ教の独自性を見出そうとします。彼はまず狂騒道と祭司との対立関係に注目します。古いタイプのユダヤ教では他の多くのアニミズムの伝統を持つ宗教と同じように、陶酔した恍惚状況の中で神と一体化しようとする狂騒道が見出されます。それに対して、一神教の立場を合理化しようとする祭司の立場が対立し徐々にに狂騒道はユダヤ教の中から排除されて行きます。ここで注目すべきは狂騒道の生き残っていた頃にユダヤ教では厳密な一神教の原理が確立されておらず、他の宗教に見られるような摂理信仰を発展させる可能性が残っていたということです。旧約聖書にはヤハウェに対立する神としてバールという神が出てきますが、この神は本来自然の恵みをあらわす神であり、もしこの神がユダヤの歴史でヤハウェに勝ったとしたならば、ユダヤ民族も他の民族と同じように緩やかな多神教の民となっていたでしょう。ウェーバーの観点には、常に比較の対象としてインドが意識されていますが、ユダヤ人もインドと同じような宗教的歴史をたどる可能性があったというわけです。

 しかし、結果としてこの可能性は否定されました。何よりもユダヤ民族の置かれていた国際環境があまりにも厳しかったからです。この環境は、一方、ユダヤ民族を他の民族のような絶対的専制君主の成立を許しませんでした。祭司が自己の神学を合理化しなくてはならなかったのもこのためですし、また祭司自身が絶対的権威を持つことが出来ず、常に聖書やトーラーのような聖典に則って自己を正当化しようとしたのもそのためです。このような形で成立した宗教的状況はその時々の国際環境とあいまって預言者を出現させます。祭司は確かに権力を持ちましたが、常に他国との緊張関係の中で内からの批判にさらされていました。その批判を代表するのが預言者たちです。この本にも書かれているように、他の国のように伝統の上に安定的で強力な権力が成立していたならば預言者も活躍できなかったでしょう。預言者たちは自らを孤立させ、民族の厳しい現実の中、直接的に神と向き合うことによって、救いの道を見出そうと苦悶した人々です。

 この預言者の伝統の中でウェーバーが特に注目するのが第二イザヤです。国際環境の厳しさはバビロン捕囚において頂点に達しますが、その中でこの第二イザヤが示したのは、厳しい環境の中で屠られる子羊のように、ただ黙って自らの運命を受け入れつつ、忍耐を以って神と触れ合いを求める姿です。ウェーバーはこの従順な忍耐こそ捕囚の栄光を現すものであり、後に十字架で死に至るキリストにつならるものだとしていますが、同時にその後のユダヤ教では省みられることがなかったとも指摘しています。

 捕囚後、ユダヤ人は独自の生活の基盤を回復し、ユダヤ教も進展していきますが、祭司権力が預言者に圧倒し、しばらくすると預言者はイエスに至るまで登場しなくなります。また、一方で、ゾロアスター教の影響のもと今までユダヤ教になかった来世の存在や最後の審判の考え、そして死後の復活の考えも受け入れら得るようになります。本来、ユダヤ教は徹底的に現世的宗教であり、それだからこそ厳しい国際環境に対応していたのですが、中近東世界が地中海世界へと広がって行くにつれて、ユダヤ教にも多くの変化があらわれます。この期間はユダヤ教が世界宗教としてのキリスト教を準備するための期間だったといえるかもしれません。「古代ユダヤ教(下)」では付録として「パリサイ人」が掲載されていますが、ここで書かれている原始キリスト教会とパリサイ人との対立は本来のユダヤ教と国際化に伴うその変化との矛盾の終点とも言うことが出来るでしょう。その意味でウェーバーの「古代ユダヤ教」キリスト教成立の背景を的確に描写している本だとも言えます。

 ところで、これらのウェーバーの一連の記述、特に狂騒道と第二イザヤの言及を考え直したとき、私はニーチェのことがウェーバーの意識の底にあったのではないかと感じました。ニーチェの最後の著書である「この人を見よ」の最後の部分に次のような記述があります。

 −私という人間をこれでお分かり頂けたであろうか?−十字架にかけられた者対ディオニュソス・・・・・

この言葉の中で「十字架にかけられた者」とはイエスのことですが、ウェーバーの立場からすれば自らの運命を沈黙と忍耐によって受け入れる第二イザヤの示した栄光をあらわすものです。一方、ディオニュソスとはギリシャの酒の神のことですが、狂騒道の立場を示すものでもあります。

 ウェーバーは自らの社会学の研究を通してインド的な多神教とユダヤ的な一神教を一貫した立場で論じようとしたようですが、ある意味でニーチェもウェーバーもこの2つの宗教の対立の彼岸に人類の未来を見ていたのかもしれません。
 


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