マフル(マハル)[mahr]
2009/7/22 うんむらふま

結婚に際して、新郎が新婦に支払う婚資。現金、物品、不動産などがある。イスラーム法に基づく結婚は契約であり、マフルの支払なしに結婚契約は成立しない。イスラーム以前のアラブ社会では、マフルは新婦の父親に支払われていたが、イスラーム以後、すべて新婦個人に与えられ新婦の個人財産とされた。死別により結婚が解消された時、離婚の際のマフルについては、クルアーンは、夫の意向によって結婚を解消する時には、マフルを妻から取り上げないようにと命じている。
『あなたがたが一人の妻の代わりに、他と替えようとする時は、仮令かの女に(如何に)巨額を与えていても、その中から何も取り戻してはならない。あなたがたは、ありもしない中傷という明白な罪を犯して、これを取り戻そうとするのか。』(Q4:20)
またハディースは、妻の意向によって夫が離婚宣言する場合には、妻が夫にマフルを返済するようムハンマドが助言したと伝えている。
イスラーム法は、マフルの種類、額、支払方法等に細かく言及している。一定の額が決められているマフル・ムサンマー、新婦の家柄、教養、容貌に基づいて定められているマフル・アル=ミスル、また結婚にあたりマフルを支払う約束だけしてその額は新郎の側にまかせる方法もある。支払の期間に関しては、離婚防止の機能を果たしている。実際に、マフルとして何を、どのような方法で、いくら支払うかは、時代により地域により大きく異なっている。たとえば、インドでは一般的に結婚時にきわめて高額のマフルが設定され、分割払いとされる。インドネシアでは、金銭支払いのマフルは普通きわめて小額である。むしろ、実際には金額よりも、クルアーンや礼拝用のマットなど宗教的な物品がマフルとして贈られる場合の方が多い。  (『イスラーム辞典』)

ここで婚資金というのはアラビア語のマハル(マフル)の訳語であるが、イスラーム法でマハルといえば、男の方が出す金である。すなわち、マハルは夫となる男が、婚姻契約の時に妻となる女に支払うべき性質の金である。従って、われわれが持参金付きの嫁などと言っている持参金とは意味が違う。マハルは本来、新婦のワリーに対して支払われる代金を指すものであった。マハルと同義の語にサダーク(   )というのがあるが、新郎が自分は信頼できる者であるという保証として、預ける金を指したのである。新郎が契約を破ると、新婦のワリーが請求することのできる金高であったと考えられる。後に、マハルとサダークとは区別されず、イスラーム法学者も同じ意味で用いている。
婚約金として新郎が支払うべき金額は、婚姻契約を結ぶ時、当事者の同意した条件によるが、これには
(1) マハルの額については当事者間に条件がない
(2) 新婦への贈物の額の確定は新郎の意志に任すということが明白に述べられている
(3) 一定の額が明らかに述べられている
という三つの場合がある。
(1)の場合:新郎はマハル・アル=ミスル(適当な婚約金)を与えなければならない。すなわち新婦の地位、家柄・年令・教養・容貌、あるいは配偶者として望ましい特質を備えている点などを考慮して、そのような新婦に相応するだけの婚約金を与えなければならない。
(2)の場合:マハルを支払う契約だけをしてその金額を新郎の意志に任すことであれば、このような契約はタフウィード(誰かに譲り渡すの意)と称せられる。新婦のワリーは、新婦が是非そうして貰いたいというのであれば、新郎に婚約金の額の決定を任すことができる。ただし新婦が成年者であって、自分の財産を自由に処分する権利を持っている場合に限る。
(3)の場合:婚姻の契約の契約金額が、契約の時に明確に述べられるのであるから、このような婚約金はマハル・ムサンマーと称され、推賞すべきこととされている。

婚約金の最低額は、学派によって異なるが、シャーフィイー派では少なくともマハル・アル=ミスルに等しいものであること、ハナフィー派では金で1ディーナールか銀で10ディルハムであること、そしてマーリキ派では金で4分の1ディーナールか銀で3ディルハムとなっている。婚約金の支払時期については、必ずしも婚姻契約がなされる時に支払わなくてもよく、通例、婚姻前に一部だけが支払われる(たとえば、半分、しかし所によって違いがある)。残余分は離婚や死亡した時に支払われるが、婚姻前にその契約金の一部を支払う習慣は、イスラーム以前から行われていたものといわれている。新郎が、後で妻にしたくないといって、婚姻契約を破棄すると、新婦に損害を与えたものとして、婚約金の半額分を支払わなければならない。もしその婚約金の額が新郎の意志に任されていたものであれば、シャーフィイー派やハナフィー派では、婚姻を拒絶された女に補償をしなければならない。
『あなたがたがかの女に触れず、また贈与額も定めない中に、離別するのは罪ではない。だが、かの女らに(マハル*1)の一部を与えなさい。富者はその分に応じ、貧者もその分に応じて公正に贈与しなさい。(これは)正しい行いをする者の務めである。』(Q2:236)
『あなたがたがかの女らと離別する場合、まだかの女らには触れてはいないが、既にマハルを決めていた時は、決定した額の半分を与えなさい。かの女らが辞退するか、または結婚のきずなを握る者*2が辞退しない限り、あなたがたは、(それを)辞退するのが最も正義に近い。なおあなたがたは、相互のよしみを忘れてはならない。アッラーはあなたがたの行う凡てのことを御存知であられる。』(Q2:237)

*1−ファリーダ(   )とは、マハルのことでサドカ(   )とも言われる。
 『そして(結婚にさいしては)女にマハル(   )を贈り物として与えなさい。だがかの女らが自らその一部を戻すことを願うならば、喜んでこれを納めなさい。』(Q4:4)
*2−「結婚のきずなをにぎる者」とは、夫のことである。(『イスラーム辞典』)

はじめに
イスラームでは結婚が奨励されており、貧乏が結婚のための永遠の障害であってはならないと教えている。クルアーンの中にこのようにある―『あなたがたの中独身の者、またあなたがたの奴隷の男と女で廉正の者は、結婚させなさい。かれらがもし貧しければ、アッラーは恩恵により祝福にされよう。アッラーは寛恩深知であられる。』(第24章32節)また、ハディースにおいても「結婚はわがスンナ(慣行)。わがスンナを望まない者は私に従うものではない。」さらに「結婚は信仰の半ば」と、伝えられている。
イスラーム法では、男女が契約によって夫婦となることをニカーフ(婚姻)または、ザワージュ(結婚)という。イスラームにおける結婚は、公になされた契約による。その婚姻契約が夫から妻へのマフル(婚資)という財の移転をともなうため、それは民事契約の一つとされている。
私は、本年6月、知人のマレーシア人ムスリマ宅で行われた結婚式に参列する機会を得た。ここに、マレーシアの結婚事情の報告とともに、イスラームの婚資(マフル)に関しての考察を試みたいと思うものである。

(イスラムのホームページ、マレーシアの結婚式より

<報告書:第一日目>
一日目は、花嫁宅において新郎と花嫁の親族を交え、地域のイマームが公証人となって契約が交わされる。(写1)これは、アクド・アル=キラーン(またはアクド・アッ=ザワージュ)といわれるもので、マアズーン(結婚契約公証人)と2人の証人が契約書に署名し結婚を誓う。前述のように、イスラーム法に基づく結婚は契約であり、マフルの支払なしに結婚契約は成立せず、この席上においてマフルの合意がなされる。そして最後に、参加者全員でクルアーンの開端章(ファーティハ)を唱和して式が終了となる。以上をもって、イスラーム法上の合法的な結婚(夫婦関係)が成立するのである。

マフル(   )[mahr]とは、結婚に際して、新郎が新婦に支払う婚資をいう。イスラーム以前のアラブ社会では、マフルは新婦の父親に支払われていたが、イスラーム以後、すべて新婦個人に与えられ新婦の個人財産とされた。イスラーム法は、マフルの種類、額、支払方法等に細かく言及している。一定の額が決められているマフル・ムサンマー、新婦の家柄、教養、容貌に基づいて定められているマフル・アル=ミスル、また結婚にあたりマフルを支払う約束だけしてその額は新郎の側にまかせる方法もある。実際にはマフルとして何を、どのような方法で、いくら支払うかは、時代や地域により大きく異なっている。婚約金として新郎が支払うべき金額は、婚姻契約を結ぶ時、当事者の同意した条件によるが、これには三つの場合がある。
(1)マフルの額については当事者間に条件がない:この場合は、新郎はマフル・アル=ミスル(適当な婚約金)を与えなければならない。すなわち新婦の地位、家柄・年令・教養・容貌、あるいは配偶者として望ましい特質を備えている点などを考慮して、そのような新婦に相応するだけの婚約金を与えなければならない。
(2)新婦への贈物の額の確定は新郎の意志に任すということが明白に述べられている:この場合は、マフルを支払う契約だけをしてその金額を新郎の意志に任すことであれば、このような契約はタフウィード(誰かに譲り渡すの意)と称せられる。新婦のワリーは、新婦が是非そうして貰いたいというのであれば、新郎に婚約金の額の決定を任すことができる。ただし新婦が成年者であって、自分の財産を自由に処分する権利を持っている場合に限る。
(3)一定の額が明らかに述べられている:この場合は、婚姻フ契約の契約金額が、契約の時に明確に述べられるのであるから、このような婚約金はマフル・ムサンマーと称され、推賞すべきこととされている。  
現在、一般的婚資の額はマレーシア政府において一律12リンギ(320円)と規定されている。先に触れたように、これは、収入が少なくてもそれによって結婚が阻まれないための法的処置である。さらには、年々高騰するマフルの額に歯止めをかけながら、あくまでマフルとしてのイスラーム法を守るようにという措置が推察される。その婚資をどのように使用するかについては花嫁に一任されているが、一般的には結婚生活の準備にあてられる場合が多いという。

この日は木曜日あたり、イシャー(夜の礼拝)の後にイマームの登場を待って行われたが、6月は結婚のシーズンでもあり(雨が少ないことと、6月最初の2週間は小・中・高校の中間休みのため親族が集まりやすい)一人のイマームがその地域の何軒もの式を掛け持っていた。そのような諸事情により深夜に及んだ一日目は、式の終了とともに食事が振る舞われ、その後散会した。

<報告書:二日目>
二日目は、日本のいわゆる”披露宴”が花嫁の家で行われる。この日は金曜日のため、集団礼拝(ジュムア)を終えた後、披露宴の運びとなった。まず、新郎を先頭に新郎の一族が贈り物を携え、大挙して花嫁の家へ押し寄せるところから始まる。(写2)それを家の前で花嫁と彼女の両親が出迎える。(写3)披露宴の会場となる家の中の装飾は、専門の業者が当人たちの希望に沿った形(広さ・金額・配色)で仕上げ、コーディネーターの女性が式をサポートする。花嫁の家には、すでに贈り物の交換が行われていた新郎から新婦への贈り物が並び、そこに新郎が運んできた新婦からの贈り物が加わる。二人が座る椅子の前には、新婦への贈り物として化粧品・靴・バッグ・布・礼拝用敷物・コーランなど、新郎への贈り物として香水・帽子・靴・ワイシャツ・布・礼拝用敷物・コーランなどの卓が並び、果物・ケーキ・クッキーなどの食べ物が山盛りで飾られている。(写真4、5、6)
マレーシアの結婚事情の一例として、今回彼女の夫となるムスリムの職業は公務員であり、マレーシアリンギで1か月2,500リンギ(日本円にして約66,500円)の収入がある。新郎から新婦への贈与として、物品の他に現金で給料の4カ月分が支払われた。マレーシアにおいては、この贈与とされるものと婚資とは区別して考えられている。地域の差はあるにせよ、近年の結婚式を含めた結婚費用の増大は、結婚を考える若者たちの大きな負担になっていることは否めないだろうと思われる。
ハディースにこうある『アナス・ビン・マーリクは伝えている――アブドル・ラフマーンは、アッラーのみ使い在世の頃、なつめやしの核(ナワート)ほどの重さ*1の金を婚資として贈り、結婚した。み使いは「羊一頭でも供して、祝宴を開きなさい」といわれた。』

一日中、親類縁者、ご近所の人たち、仕事関係あるいは古くからの友人たちがお祝いに駆けつけ、引きも切らない客人たちに花嫁の家族は総出で御馳走を振る舞い接待する。親しい人たちは祝儀(ヌクタ:贈り物)を持ち寄るが、それが物品か或いは現金かは人それぞれで、最近のこの地方(コタバル)の相場は一人当たり約50リンギ(1,330円位)と聞いた。それらは、概ね、家でおこなわれた披露宴の支度の出費にあてられるという。
こうして二日目の晩餐は明け方まで続き、新郎はその日新婦の許に留まり、これが二人にとっての初夜となるのである。

<三日目及び四日目>
新郎の家が遠い場合(他国など)は三日目が移動日となり、4日目の新郎宅での披露宴に備えることになる。花嫁は両親に別れを告げ、この日をもって生まれ育った家を夫となる人と共に出て行く。そして四日目もまた、新郎宅において新郎の親族・友人関係の参加を得て、同じような華やかな披露宴の儀が執り行われる。私たちは、新郎宅での祝宴を辞退し、三日目にこの地を後にした。

イスラーム法における婚約金の支払時期については、必ずしも婚姻契約がなされる時に支払わなくてもよい。通例、婚姻前に一部だけが支払われる(たとえば、半分、しかし所によって違いがある)。残余分は離婚や死亡した時に支払われるが、婚姻前にその契約金の一部を支払う習慣は、イスラーム以前から行われていたものといわれている。死別により結婚が解消された時、離婚の際のマフルについては、クルアーンは、夫の意向によって結婚を解消する時には、マフルを妻から取り上げないようにと命じている。
『あなたがたが一人の妻の代わりに、他と替えようとする時は、仮令かの女に(如何に)巨額を与えていても、その中から何も取り戻してはならない。あなたがたは、ありもしない中傷という明白な罪を犯して、これを取り戻そうとするのか。』(第4章20節)
また、ハディースは、妻の意向によって夫が離婚宣言する場合には、妻が夫にマフルを返済するようムハンマドが助言したと伝えている。新郎が、後で妻にしたくないといって、婚姻契約を破棄すると、新婦に損害を与えたものとして、婚約金の半額分を支払わなければならない。クルアーンにこのようにある―
『あなたがたがかの女に触れず、また贈与額も定めない中に、離別するのは罪ではない。だが、かの女らに(マフル*2)の一部を与えなさい。富者はその分に応じ、貧者もその分に応じて公正に贈与しなさい。(これは)正しい行いをする者の務めである。』(第2章236節)
『あなたがたがかの女らと離別する場合、まだかの女らには触れてはいないが、既にマハルを決めていた時は、決定した額の半分を与えなさい。かの女らが辞退するか、または結婚のきずなを握る者*3が辞退しない限り、あなたがたは、(それを)辞退するのが最も正義に近い。なおあなたがたは、相互のよしみを忘れてはならない。アッラーはあなたがたの行う凡てのことを御存知であられる。』(第2章237節)
 
おわりに
イスラーム社会は、家庭を基礎単位とする。従って、婚姻契約は家庭をつくるための重要な要素となる。また、イスラームはセックスについてきわめて肯定的であり、結婚の奨励は性行為の奨励を含んでいるともいえる。イスラームにおいては、法的に結婚によらない性交渉(同性愛を含む)が否定されるが、それは、結婚制度を社会の根幹に置く認識に由来している。そして、夫に課せられた婚姻契約における婚資の義務は、微力な妻の立場の助けとなり、さらには離婚の防止にもつながるものでもある、といえよう。
マレーシアの結婚式は、一日では終わらない。その一部始終は、専門のカメラマンによってあらゆる角度から撮影された。きっと今頃は、それら沢山の写真が、二人の新居となる部屋を華やかに飾ってくれているにちがいない。遠い日本の地から、二人の末永い幸せを心から神に願うものである。”二人の上に、神の祝福と平安がありますように”

*1−なつめやしの実の核の重さは、約5ディルハム相当に換算される。
*2−ファリーダ(   )とは、マフルのことでサドカ(   )とも言われる。
『そして(結婚にさいしては)女にマフル(   )を贈り物として与えなさい。だがかの女らが自らその一部を戻すことを願うならば、喜んでこれを納めなさい。』(第4章4節)
*3−「結婚のきずなをにぎる者」とは、夫のことである。
注:1マレーシアリンギは約26.6円(2009年7月21日現在)。
<参考・引用文献>
『聖クルアーン』徳増公明・新井卓夫他編、日本ムスリム協会、1980
『日訳サヒーフ ムスリム・第二巻』磯崎定基・飯森嘉助他訳、日本ムスリム協会、1988
『イスラーム辞典』大塚和夫・小松久男他編、岩波書店、2002
『イスラム法序説』遠藤四朗著、慶応通信刊、1979
「イスラームのホームページ」より写真掲載


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