ノストラダムスの予言を信じて全財産を賭けた東京銀座の画廊『宮坂』ですが予言詩にも経済の法則にも打ち勝って中央区銀座7−12−5銀星ビル4階で営業中です。
皆さんぜひ画廊『宮坂』へ足を運んでくださいますようお願いします。

(ごあいさつ) 川畑 宜士
お変わりございませんか。案内状についてご挨拶申し上げます。個展自体は、昨年から決まっていたのですが、8月15日の夜、心筋梗塞で思いかけず入院の運びとなりました。
救急で第一病院に着いたときは、拷問で胸の中にベニア板をはめこまれたような苦痛でした。早くこの苦痛を取り除いて欲しい一心で、手術台でも意識を失ったり倒れたりはしていません。
 ただ、テレビドラマの『ER』のようなエネルギッシュできびきびした先生方の、ものすごいチームワークを有難く、目のあたりに感動してしまいました。(目はつむったまま)
 応急処置の後、二週間ベッドの上で酸素マスクをかぶり、はぁはぁ夢うつつで過ごしました。その時、見舞いにいただいた花や果物を、自分が見ているとおりに描きたいと強く思いました。
 二週間後は、歩いたり、絵を描けるようになり、一日五枚のペースでスケッチしていけば百枚は描けるという気持ちになり、予定通り個展を実施することにしました。
逃げの姿勢から病気を呼んだという反省もあったのです。
それで今までの「川畑宜土日本画展」から「夏休み絵日記展」にタイトルを変更した訳です。流石に病室で日本画を描くことはできません。
 このことを智内兄助に連絡すると「病床スケッチ100枚展もいいかもね。ころんでもタダでは起きないのは、オマエの方じや!」と褒められました。

 さて8月29日からスケッチ三昧の日々が続いたのも束の間、9月5日の検査で以後の治療を次の三つの中から選択しなければならなくなりました。
1.このまま退院する。川畑さんの心臓は、心筋梗塞の人として100%機能しています。
  しかし、この次発作が起これば自然死です。
  −−−−これはちょっと淋しい−−−−
2.バルーンを血管にいれて閉塞をとる。ただし、三ケ所あるので一週間に一回づつする。
  また、三カ月毎に再閉塞がないか棟査する。
  −−−−これは肺が真っ白で運ばれたときにやった「ER」のこと。
  一番大きな血栓を取ったとき血圧が50になって手術はいまも途中でとまっている。

  何か痛そう−−−−
3.バイパスをつける。一回の手術で済み、三週間で退院できる。手術後は全く普通の生活 が出来る。
  −−−−これっきゃない。−−−−
 迷わず3を選びましたが、その夜ベッドで自分の胸が開かれていくイメージには耐えられないものがありました。
 翌朝、先生に「手術のことでもう一度相談があるのですが」と無理を言うと、時間を取ってくれ、「不安なんですね」とずぼし。「だれでも不安なんです。何でも聞いてください。」 「人間の心臓にはもともと血管がついているわけですから、バルーンで閉塞を取り除いて機能させるのが自然の摂理に叶うのではありませんか。」と尋ねると先生は笑顔で「人間の体はうまくできていて、神様が心臓をわるくする人のために余分な血管をつけているとしか思えません。その血管は取っても体に何の支持もないし、バイパスの機能にも全く差はありません。」
「ただ、川畑さんが胸を開くのに抵抗があるのならいつでも中止できるし、バルーンに切り換えてもできますから、自分の意見にしばられる必要はありませんよ。」
 この一言で不安は解消し、20日の10時30分から午後7時までの手術は成功しました。
不登校の子供たちにもこの先生のようにきちんと相談に乗ってやったらと反省しました。
 さて最後に、展覧会の案内状のタイトルについてお詫び申しあげます。4月に今治西校に帰って、何もせず病気で倒れ、多くの人に迷惑をかけて、「夏休みの絵日記」はないだろう!と自分でも思いながら突然狂乱の夏休みがやって来たというのも実感なのです。
 今回の絵は今回しか描けません。是非ごらんください。
皆さんもお体を大切に、これからも宜しくお願いします。