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凶器はシンの言葉どおり、表の排水口から見つかった。
「指紋なし、残留物なし。どこのスーパーでも売ってるバーベキュー用品。ゆえに、購買元不明」
凶器や残留品の出元を突き止めるのを得意とするジャック・張も今回ばかりはお手上げらしい。レポートを放り出して、大げさに肩をすくめてみせた。
ラルフは、次に来る攻撃を警戒してわずかに身をすくませた。思ったとおり、ジャックの言葉に呼応してビショップ・劉がラルフに向き直った。いつもの尊大な態度で、斜に構えてせせら笑う。
「ご苦労さまだな、ジャック。このミソッカスが容疑者を逃がさなかったら、俺たちがこんな苦労をすることもなかったのにな」
「おい、ビー! そんな言い方はないだろう!」
気色張って立ち上がったのは、ラルフではなくローリィだ。花のようなと形容される優しい顔だちを怒りに染め、ビショップに向かって食ってかかった。
「誰だって油断することはある。ラルフだって、逃がそうと思って逃がしたわけじゃないんだ、それを、そんな言い方……」
「油断しすぎなんだよ、このミソッカスは」
ビショップの言は辛辣で容赦がない。
「聞き込みをすりゃあ家を間違う、尾行をさせりゃあ大荷物もった ばあさんにかまけて見失う、挙げ句の果
てに、凶器の場所を容疑者 から教えられて、しかもそいつを見失いましたと来た! いい加減にしてもらいたいね。お前、なんで刑事なんかになった?」
「なんで刑事になろうが、お前の知ったことか!」
と、ローリィはラルフに向けられた罵声を自分が引き取った。形のいいアーモンド形の瞳を怒りできらめかせ、柔らかな髪をふりたてて、今にもビショップにつかみかからんばかりだ。一方のビショップは、そんなローリィの激怒など、どこ吹く風。
「お前もだよ、ローリィ・郭。働かないでも食っていける金持ちの長男に生まれて、大学まで行っておいて、どうして刑事なんかやってるんだ? しかも、ミソッカスのお守りに必死になってさ」
「よけいなお世話だ!」
ローリィは怒鳴った。ラルフは思わず首をすくめた。ローリィが刑事の道を選んだことは、確かに尖沙咀七不思議の一つと言われている。ほかの国はいざ知らず、香港では警察官というのは若者の腰掛け就職に使われる程度の職業である。中学校を卒業していれば、資格など何も持っていなくてもなれる。それだけに給料は安いし、待遇もよくない。チンピラになり損なったゴロツキばかりがウヨウヨしている薄汚い職場は、エリート階級に属するローリィが選ぶべきでないものの一つであったはずだ。
そのローリィが親の反対を押し切って刑事になったのは、本人にも説明ができないことであるから、聞かれるとローリィは普段の倍は腹をたてる。それがわかっていてビショップは、冷笑を浮かべてローリィに対している。恰好よく組んだ足から鋭い顔の造作に至るまで、申し分のないワイルドなハンサムでありながら、ビショップの性格は歪みきっている。そのあだ名も、ねじ曲がった性格に由来するものだ。彼の言動に呆れ果
てたジャックが、チェスでビショッ プという駒は斜めにイケズな動きをするそうだが、と言ったことに起因する。そのビショップが、出会ったその日からラルフを嫌っているというのは、尖沙咀署CID(私服刑事)第一隊では有名な話だった。何がそんなに気にいらないのか、やることなすこと難癖つけ、ケンカをふっかけてくる。そしていつもそのケンカを買うのはラルフ本人ではなく、ラルフの保護者をもって鳴るローリィだ。日常茶飯事という意味では名物といえなくもないが、こんな迷惑な名物はない。
慌ててラルフは席を立ち、二人の間に割り込んだ。
「それはさ、きっと……夢、なんだよ」
「はああ!?」
ビショップは、思いもかけない人物の思いもかけない返答に目を剥いた。その反応にも構わず、ラルフは言葉を重ねた。
「だからさ、ローリィが刑事になった理由。俺たちはこの街に住む人の生命を守ってるわけじゃない。それってつまり、みんなが夢を見て生きる権利を守ってるってことだろ? こんなせちがらい世の中でさ、犯罪都市なんてよその国から言われちゃうような街に住んでる人は、夢を見なきゃ生きていけないじゃないか。その夢を守ってる……すごい職業だと、俺は思うけどな」
話しているうちに、ラルフの口調には熱がこもってきた。真っ直ぐな瞳が明るく輝き、頬が赤らむ。ひたむきで、前向きで。お人よしでドジで呑気者のラルフが、こういう表情をするときは意外な芯の強さをみせる。ビショップのような者には、その輝きがまぶしすぎて腹立たしくなるものだ。
「夢だとか、たわもないこと言うな」
ぷいと顔を反らして、背を向けてしまった。
なんとも白けた空気が若者たちの間を漂った。
「なあに、どうしたの? またケンカしたんでしょ、困ったもんねえあんたたち。チームなんだからちょっとは仲良くしたらどうまのよ……といっても、このメンバーじゃしょうがないか」
聞き込みから戻ってきた紅一点のエルザが、けたたましく喋りながら一同の間に割り込んできた。両手に下げていたチキン大王の袋をデスク上に放り出す。とたん食い気に思考を支配された若者たちは、おおっとばかり周囲に群がった。
「こんなときにケンカだけはよしてちょうだいね。ただでさえサンダー・ロイは、今回の事件でイライラしてんだから。あんたたちのとばっちりで雷を食らうのは、アタシは御免ですらね」
エルザは自分もチキンを食いちぎりながら、ローリィとビショップを当分に見比べた。どちらも外見だけは尖沙咀署で一、二を争う美形の癖して、この性格が彼らの人気を下げている。うら若い女刑事の一人であるエルザとしては、それが残念でならない。鑑賞用に人間を飼うことができるなら、この二人は最適なのに。
「とにかく! マジメに仕事してね。ローリィ、親友の失敗をかばうのもいいけど、ラルフの方はきっとありがた迷惑だと思ってるわよ。ビーも、自分がおてんとさまの下で後ろめたくなるような生き方してるからって、おてんとさまの申し子を嫌うのは筋違いよ」
気を取り直して、エルザは二人を個々に叱責した。どちらも図星だったようで、ワイルドハンサムと天使様は同時にムッとするとチキンを放り出した。ラルフはホッとして息を吐いた。急に、周囲の喧騒が大きくなったように聞こえた。
ここは警察署で最も騒がしいCIDの刑事部屋である。しかも事件の真っ最中。若い刑事たちの小競り合いを知らぬ
気に、ベテラン 刑事たちはそれぞれが引っ張ってきた参考人の取り調べにいそしんでいる。向こうの方では、不当拘留に抗議したチンピラの脛を、赤帽子とあだ名の中年刑事が蹴っとばしたところだ。入口では、かのサンダー・ロイが、関係各省庁との連絡調整のためか、べらんめえで電話をかけている。資料が飛び交い、情報は交錯し、狭い部屋の中はまさに乱戦状態である。
とにかく気分のささくれだつ事件ではあった。
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