ホンコン・ドリーム
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作:星野ケイ
1996/10/18発行『香港超常現象捜査官』番外編 ホンコン・ドリーム』収録
 事件の第一報を受けてサンダー・ロイ以下の面々が駆けつけてみると、尖東の裏通 りのゴミ溜めで、男が二人、冷たくなっていた。 二人は向かい合ってお互いの胸を突き刺したらしい。それだけならチンピラが決闘したのかと言えばいいことだったのに、この二人がしっかり手を握り合っていたりしたから、事はややこしくなった。
「ゲイの心中事件ですね」
 誰もが心の中で思っていたことを、あえて口にしたのはたぶん、ビショップだっただろう。聞くなりサンダー・ロイは顔をしかめたが、だからといってこの生臭い事件は消えてくれはしなかった。
 しかも死体の片方から麻薬反応が出た。
 ただの麻薬ではなかった。すでに壊滅した中国系アメリカンマフィアが開発し、その製造法すら闇の彼方だという伝説の麻薬“ホンコン97”である。この世でこれ限りの限定品ということで値段は天井知らず。その全容量 二トンを巡って、アメリカの各地では数々の 血で血を争う抗争があったという。
「けれど、その後二トンの“ホンコン97”は個人の所有になって、香港に持ち込まれたんですよ。知ってましたか?」
 したり顔で小憎らしいことを言ったのは、新人のデニス・樊だ。いいとこの坊ちゃんという触れ込みで、情報通 を自慢にしている。 だがその情報も、黒社会に絡んでいる胡散臭い実家のおかげで自然に耳に入ってくるらしいと、ビショップなどは彼を軽蔑している様子ではあるが。
「それで、その二トンの麻薬はどうなったんだ? 反毒組(麻薬特捜班)が摘発したっていう話は聞かねえけど」
 ラルフも彼は割と苦手にしているのだが、お人好しと称される性格のせいで、いつもこの新米のぺいぺいの話に相槌をうたねばならないことになる。もっとも、そんなふうに人への気遣いができ、顔だちもなかなか愛嬌のあるラルフは、本人の預かり知らぬ ところで 婦人警官たちに絶大の人気を誇っている。
「それがですね、持ち主はファウストとかいう名の謎の大富豪だったらしいんですが、彼が失踪した後、“ホンコン97”の行方は完全にわからなくなっていたんです。市中に出回ったのはたったの一キロ。なんたって、そこらのヘロインと違って量 の加減でどんな夢で もお望みのままに見られる魔法の薬ですからね。1グラムが十万ドル(約百四十万円)っていうのが底値だっていう話ですよ」
「そうか……。そんな高価な薬が黒社会のルートに乗って正規の値段で売られてるなら、そのあたりのチンピラ崩れのゲイの兄ちゃんが使えるはずないってわけか」
「ようやくわかりましたか。たいへんな事件なんですよ、これは。誰かがファウストの隠した麻薬を見つけて安値で売りさばいてるってわけです。“ホンコン97”の本当の値打ちも知らないんだから、組織じゃなくて個人の仕業に違いありません。この雑多な街から一匹狼の売人を見つける大変さを考えれば……」
「わかった、わかったよ」
 ラルフは少林寺で鍛えた胸板の筋肉を誇らしげに誇示しながら喋りつづける後輩を、やっとのことで黙らせた。聞いていた先輩たちも、一様に嫌な顔をしていた。黙っていてもこれが困難な仕事であることくらい、刑事を長年やっている彼らにはわかっている。それをわざわざ口に出して指摘されて、面 白かろうはずもない。
 唯一の手掛かりは、死人の身元から売人を辿ることだけだった。 しかし捜査の結果 、死んだ男たちが尖東界隈では有名なゲイのカップルだったとわかったことだけが進展で、自殺か他殺かすら判断できなかった。
 そうしているうち、さらに事件は拡大してしまった。
 最初の事件の三日後、佐敦の埠頭近くで次の死体が発見された。死んでいたのが男二人だということも、しっかりと抱き合っていたことも、調べてみたらゲイだったということも、何もかも前の事件と同じでありながら、死因だけが違っていた。二人は銃で胸板を貫かれていたのである。死体からは“ホンコン97”が検出された。
 殺人事件ならば反毒組の手に余るということで、サンダー・ロイのチームが通 常の任務を解除され、専案小組(特別捜査チーム)と して捜査を担当することになった。二件とも尖沙咀の管轄内だったからである。そして夕べ三件目が香港島サイド、蘭桂坊の表通 りで 起こってしまったというわけだ。
 今回は初めて凶器が発見された。それなのに、捜査の助けにはならなかった。それはみんな、ラルフが重要参考人を取り逃がしたせいだとビショップは言う。
「おい、仕事だぜ子猫ども!」
 突然、サンダー・ロイの怒声が室内に響いた。彼はちょうど受話器を叩きつけて電話を切ったところだ。この鬼警部の勇猛果 敢さは サンダーというあだ名が表している。引っ張られてわめいていたチンピラたちも、サンダー・ロイの声にビクッと口を閉じた。
 ラルフとローリィは急いでサンダー・ロイのところへ走っていった。着いたときは二人並んで、ぴしっと敬礼する。個性派ぞろいのサンダー・ロイの部下の中で、コンビとして使うならこの二人がベストだということは、署内ではよく知られている。
 サンダー・ロイは御歳四十近いのだが、外見も行動力も、とてもそんなふうには見えない。鋭い目をじろりとラルフに向けて言う。
「確認がとれたぜ。灣仔の“DREAM”だな。外人のゲイ向けのバーだって話だ。幸運星っていう野郎の身元も洗ってみた。前科二犯、恐喝と窃盗。堅気の手合いじゃないことだけは確かだ」
「おい、ラルフ」
 ローリィはたまげて親友を振り返った。
「なんの話だ? 灣仔の“DREAM”とか、幸運星とか」
「あれ、言ってなかったっけ」
 とぼけた反応を返してからラルフが説明すると、ローリィは問答無用でその頭を張り飛ばした。
「バカっ! ちゃんと手掛かりを掴んでたってのに、どーしてみんなに黙ってるんだよ! お前がそんなだからビーの野郎やデニス小僧がつけあがるんだっ」
「だだだ、だって手掛かりっていっても、逃がしたことは変わりないんだし、そいつが言っただけのことで確認もとれてなかったし」
「だから、俺が線人(情報屋)を使って確認した、というわけだ」
 サラリとそう言って、サンダー・ロイはだしぬけにラルフとローリィに人指し指を突きつけた。
「確認はできた。なかなか有望そうな情報だ。よって---お前たちに“DREAM”とやらへの潜入捜査を命ずる!」
 ゲッ、とローリィが顔色を変えた。
 どんなふうに潜入するのかというのは、聞くまでもなかった。

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