ホンコン・ドリーム
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作:星野ケイ
1996/10/18発行『香港超常現象捜査官』番外編 ホンコン・ドリーム』収録
 暗がりの中でも、ビショップの肩口から血しぶきが弾けたのがは っきりとわかった。ビショップは声を漏らさなかった。撃ち抜かれた右肩を押さえて、ラルフに覆いかぶさるようにして身を伏せた。
 大勢の気配が入口の付近から漂ってきた。いつの間にか包囲されている。壊れた窓の向こうにちらつくのは、暗がりに慣れた生き物の動きだ。手慣れている。
「あの発射音はロシア製トカレフ……四五口径……」
 傷の痛みに眉をひそめながら、ビショップは冷静に分析する。
「灣仔の和誠興が……好んで使う武器だ」
「和誠興!? ……っていうとあの、シンを追っかけてた連中!?」
 その物騒な連中に囲まれているというのに、ラルフは思わず大声 を上げてしまった。たちまち、二人の周囲に矢継ぎ早に銃弾が撃ち込まれた。バカ、と罵ってビショップは瓦礫の山を顎で示した。ラルフはビショップを引きずって、瓦礫の後ろに身を隠した。足元に転がっていたコンクリの塊を二つ拾い、裏口に向けて投げた。物音に反応して、今度はそちらへ銃弾が集中した。
 しばしの沈黙が続いた。いくら彼らが闇討ちに慣れているといっ ても、夜目はきかないらしい。二人が中にいることは確実なのに敢えて踏み込もうという勇気もないようだ。じっと、こちらの出方を伺っている。
 その間にラルフはジーパンの裾をまくりあげ、フットホルスター から拳銃を取り出した。
ビショップも、肩の痛みにうめきながら銃 を構えようとした。その手からラルフは銃を取り上げた。
「何する気だ、ミソッカス!」
 ビショップは目を剥いた。
「リボルバーで二丁拳銃はできんぞ!」
「わかってるよ、そんなこと!」
 ラルフは、今度は小声で言い返した。
「でもお前、利き腕は右だろうが。いくら油尖総署のビショップ・ 劉が射撃自慢でも、右肩撃たれては役たたずだろ」
「俺のことなんか心配してる場合か! それより、よく考えろ。なんでこの連中が俺たちを襲ってくるのかを」
「なんでって……こいつら血迷ってるんだって話だぜ。“ホンコン 97”を手に入れようと必死で、だから関係ないシンまで痛めつけてたんだ。その話はローリィから報告受けただろ?」
 汗びっしょりになりながらも、ビショップはラルフのジャンパーの端をしっかり握って放さない。周期的に襲う痛みに身を震わせながら、それでも冷静に理論を展開する。
「いいか、奴らは俺たちが“ホンコン97”をもってるから追ってきたんじゃない。その証拠に、見ろ。奴らの銃撃は、完全に俺たちを殺すつもりだ。生かして捕らえようなんて感じじゃないだろ。…… そもそも、奴らはどうしてこの場所を知ってたんだ?」
 その点を指摘されて、ラルフもハッとした。
 この場所を教えてくれたのは、他ならぬシンではないか。
「報告を聞いたときから、何かおかしいとは思っていた」
 ビショップは続けざまに言葉をつなぐ。
「シンが奴らに襲われたのは被害者の行きつけだったあの店に勤め ていたからだ、とお前は推測していたがな。だったらなぜ奴らは店自体に踏み込まず、しがないバーテンなんかをターゲットに選んだ ? 奴はお前が刑事だということを黙っていた。お前は店に入り込むことができた。だが、逆に考えてみろ。そうしたお陰でシンはお前を---警察の動きを監視することができたんだ」
「ビー、ビー!」
 ラルフは悲鳴のような声を漏らした。
「お前が……お前が言いたいのは……!」
 ほとんど同時に、外の連中がしびれを切らしたらしい。四方でガ チャンとガラスの割れる音がした。ラルフとビショップは身体を強張らせて壁を背にした。割れた窓からのぞく、黒々とした空。その空に溶け込むようにして、男たちが中へ入ってくる。手にした銃が非常灯を反射して赤くきらめいた。
「おおっと。動くなよ、刑事さん」
 反射的に銃を構えたラルフに向かって、一人が嘲るような口調で言った。その声を合図に、男たちが一斉に銃を向ける。
「あんたたちを泳がせておけば、いずれ“あいつ”が尻尾を出して“ホンコン97”を移動させると踏んでいたんだがね。そろそろ目障りになってきた。この辺であんたたちには舞台を降りてもらう」
 百戦錬磨の刑事たちも、これほどの絶体絶命に直面したことはなかった。三方を包囲され、後ろは壁。一人は負傷している。ビショップは署に内緒でラルフのところへ来たので、どこからも救いの手はない。
と思ったのは、やや早計だった。
「ぐあああ!」
「ぎゃあっ!」
 だしぬけに機銃の音が廃屋を満たした。男たちが絶叫して撥ね飛んだ。情け容赦ない横なぐりの一斉掃射だ。血と肉が飛び散った。 ラルフとビショップは、機銃の撃鉄のカシャンという小さな音を聞くなり、訓練どおりに身を伏せていた。そのため、この攻撃の巻き添えは食らわなかった。
「ラルフ、無事だったか!?」
 機関銃を構えた男は、堂々と入口から入ってきた。顔は逆光になってよく見えないが、用心深く倒れた男たちに銃弾を浴びせる、その残酷なやり口を見れば同じ刑事仲間でないことはわかる。
「マ……マスター……ルーク!?」
 ラルフは呆気に取られた。彼はじゃりじゃりとガラス片を踏みな がらラルフたちのところへやってきた。怪我はなかったかい、と問いかけてくるこの男は、紛れもなくルークである。しかしこの機関 銃は。そしてこの、容赦のない殺人ぶりは。
「ここにいては危ない。さあ、一緒に逃げよう」
 驚いていたら有無を言わさず引き起こされ、ラルフは慌てた。
「逃げるって……その、どういうことですか?」
「今は説明している時間はないんだ! いつまたこの連中の仲間が やってくるとも限らない。いいから来るんだよ」
「----だまされるな!」
 突然、ビショップが怒鳴った。ラルフは驚いて振り返った。闇の中で、ビショップの両眼はらんらんと光っていた。苦しい中で姿勢を起こし、ルークをまともに睨みつけた。
「あんただよ、全ての鍵は……そして全ての終点はね。どうして売 人たちは殺されたのか---その答えを知っているのはあんただ」
 告発に、ルークはようやくビショップを視界に捉えた。
「なんの話をしているのかな? ハンサムな坊や」
「とぼけるな! 俺には何もかもわかってるんだ。お前は……」
「ルッ、ルーク!?」
 ラルフは叫んで、ルークの腕にむしゃぶりついた。しかし、止める暇もなかった。ルークは無造作に機関銃を振り上げるなりビショップの後頭部に打ち下ろした。突然のことで、ビショップも避けることができなかった。声も漏らさず、ビショップは床に崩れた。ラルフはそれを、呆然と見ていることしかできなかった。
「さあ、行こう。ラルフ」
 ルークは優しく微笑んだ。そうして、拳をラルフのみぞおちに突き入れた。愕然としていたラルフは、まともにそれを食らった。ふっと意識が遠のいた。

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