ホンコン・ドリーム
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作:星野ケイ
1996/10/18発行『香港超常現象捜査官』番外編 ホンコン・ドリーム』収録

 署の方でも捜査は進んでいないようで、二日に一度はラルフのところへ、新たな手掛かりはないかと連絡員がやってきた。それはローリィだったり、カップルを装ったジャックとデニスだったりしたのだが、その晩は意外な人物が現れた。
 彼が入ってくると、周囲の人々がほおっと感嘆の息を吐いた。すらりとした身体つきにぴったりしたライダースーツ。前髪の間から鋭い鷹のような目が光る。野性的な、と形容するのが似合いのハンサム・ガイ---ビショップ・劉の登場である。
 ビショップは、投げかけられる熱い視線など完全に無視して、真っ直ぐにカウンターのラルフのところまでやってきた。今しもシェイカーを振っているラルフに、こっちへ来いと合図する。とたんに集まってお喋りをしていたラルフ贔屓の客たちが騒然となった。
「おいおい、ラルフ坊や。あんたの恋人はあの花のように綺麗な美人じゃなかったのかい?」
「スミにおけないねえ。のほほんとした顔して、実はこんなカッコいいハンサムと二股かけてたとは」
「違う、違うって!」
 ラルフは必死で両手を振って否定したが、ビショップはその努力に協力する気はさらさらなく、いきなりカウンター越しにラルフの腕をつかまえると、強引に引きずり出してしまった。わあっと客が歓声を上げた。  シンがジョッキを運んで通るついでに、ラルフの耳元に囁いた。
「こっから二つ道を折れて灣仔峡道へ入ったとこに廃ビルがある。 ナイショ話をするんなら、そこをお勧めするぜ。この店の外じゃこの連中が好奇心いっぱいで聞き耳たてるに決まってる」
「サンキュ。恩に着る」
 ラルフはビショップに引っ張られながら、シンに手を振った。シンは軽いウインクを返してきた。
 外に出ると、ビショップはヘルメットを放って寄越した。相変わらず不機嫌に押し黙ったままで、後ろに乗れとも言わない。そんな ビショップの態度には慣れっこだったから、ラルフはぽおんと後部座席に飛び乗った。シンから教えられた場所をビショップの耳元で 告げる。そのとたん、バイクは発進した。
 そこは北帝廟という小さな社の裏手に当たっていた。正面は中学校。確かに、夜のこんな時間帯には闇に包まれている。不夜城にたとえられる灣仔の街では珍しい場所だった。
 叩き壊されたらしいガラスの破片を踏みながら、ラルフとビショップはビルの一階のフロアに入った。小さな赤い非常灯だけが、不気味に周囲を照らしていた。こんな場所はチンピラ予備軍の愚連隊が溜まりやすい。壁にはペンキで幾つも落書きがしてあった。
「定時連絡にお前が来るはずもないし」
 ヘルメットを脱いで、ラルフはビショップを振り返った。
「陣中見舞いをするような殊勝なお前でもない。ってことは、なんかそっちの捜査で、新しい事実が判明したんだな?」
「いい推理だ。ミソッカスのボンクラ頭で考えたにしてはな」
 ビショップは相変わらず、きついことを言う。だがビショップはラルフを特に嫌っていることはともかく、誰に対しても斜に構えたきつい態度を取る男なので、ラルフもあまり気にしないことにしていた。
「わかってるよ。ロイ警部が俺に伝えてこいって言ったんだろ。ムシの好かないミソッカス相手の伝書鳩役はさそがし気分がよくないことだろうが……」
 だが、ビショップはその言葉に対して首を振った。
「ロイ警部に言われたんじゃない。それどころか、このネタはまだ署にも伝えてない。お前に先に伝えようと思ったのは俺の独断だ。……というのは、この情報によって、お前がとてつもなく危険な位 置にいることが判明したからだ」
 これにはさすがにラルフも驚いた。ビショップは他人のことなど隣で撃たれて失血死しようが気にもとめない男だったはずだが。
 まじまじと見つめられて、ビショップは眉をつりあげた。元々ワイルドな顔が、そんな表情をするとギクリとするほど恐ろしく見える。だが、どうやらビショップは自分でも自分の行動に戸惑っていたらしい。
「俺だって、なんで今、ここでこうしているのかわからん。たぶんくだらん潜入捜査なんぞをやり始めたお前にイライラしてるのだと思う。お前が失敗して惨殺されて、それが俺たちのフォローが足りなかったせいだと思われるのはごめんだからな。だから……」
「わかった。わかったよ、ビー」
 ラルフは笑いをこらえてビショップを制した。ここにもまた、照れやの不器用者がいたわけか。
「俺、ちゃんとやるから。お前の足は引っ張らねえ。約束するから早くそのネタを教えてくれよ」
 その言葉でビショップはようやく決まりの悪い思いから解放されたようだ。コホンと咳をして、いつもの傲然たる口調に戻った。
「俺は被害者の交遊関係を広く当たっていた。体内から麻薬が検出されなかった方だ。考えてみれば、麻薬の売人は自分では麻薬を使わない。その恐ろしさを誰よりもよく知っているからだ。ならば殺された男たちは、麻薬をやってた方が運び人で、そうでない方が売人だったに違いない。そう仮定して調べていくうちに、面 白いことがわかった。殺された連中は三人とも死ぬ直前に、カナダへ移民する手続きを取っていたんだ。恋人や家族も一緒にな---奴らは本物のゲイじゃない。ゲイを装うことで、男二人が頻繁に出会う不自然さをカモフラージュしていたってわけだ」
 ビショップは真剣な顔をしていたが、ラルフは首をかしげざるを得ない。
「それはわかった。たいした進展だ。けど、それのどこが、俺が危険になる情報なんだ?」
「にぶい奴だな、まったく!」
 ビショップは本気で怒ったようだった。
「麻薬の値段が黒社会の協定から外れてるところからいって、黒幕は組織にはつながらない個人だ。ということは、殺された連中は個人的な恨みから黒幕に消されたと推測される。だが、このシステムは完全にうまくいっていた。運び人も売り手も、この秘密を誰にも喋ってはいなかった。なのに彼らは殺された。恨みを受けるような何かをそいつらがしたとしたら、それはカナダへの移民の手続きをしたことしか考えられないだろう?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
 ラルフは両手を差し上げてお手上げの恰好をしてみせた。
「それじゃさっぱりわかんねえよ。頼むから俺にもわかるように喋ってくれ。なんで移民の手続きをしただけで殺されなきゃならねえんだ? それがうらやましいんなら、黒幕は手先の連中なんかよりずっと大儲けしてるんだから、てめえもカナダに移民すりゃいいことじゃねえか」
「そこまでわかってて、どうして最後の結論に行き着かないんだ、 お前は! いいか、犯人は移民できないんだよ! なぜなら……」
 ビショップは、動物園の豹を棒でつついて怒らせたときのような 顔をした。自分よりやや長身のラルフの胸ぐらをつかむなり、ガクガクと揺さぶった。さらに何やら罵ろうとして。
「----ラルフっ!」
 そのままラルフの身体を思い切り突き飛ばした。
 ほとんど同時に、銃声が響いた。
「ビーっ!?」


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