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タイの中国人街の影の実力者、ブラッキー・ホン氏(仮名)は折しも、ライバルを亡き者にするため、凄腕の殺し屋を雇ったところ
だった。
東南アジアで一番と噂のその殺し屋を前に、ホン氏はご機嫌で椅子にそっくりかえっていた。
「とにかく、わしはな。なんでも最高のものでないと気がすまんの だ。たとえそれが殺し屋であろうとな」
殺し屋は気のない様子でホン氏の演説を聞いていた。
ホン氏は少しムッとして眉を上げた。
ジロジロと無遠慮に、目の前の殺し屋を頭のてっぺんから足の爪先まで見回す。
「しかし、なんだね。こんなことを言うのもなんだが、君はちっとも殺し屋らしくないね」
そうですか、とやはり気のない調子で殺し屋が答えた。
ホン氏はムムッと口をへの字に曲げた。
殺し屋はぼんやりとした表情で、豪華なホン氏の部屋を見回している。古着のようなジャンパーにジーパン、それにスニーカーというラフな姿だ。平凡で地味な顔だちといい、どこを取っても殺し屋には見えない。
「わかっているとは思うが」
ホン氏は怒りを押さえて言った。
「私は君に、目の玉が飛び出るようなカネを払っているんだぞ」
ふと、殺し屋が目を上げてホン氏を見た。
口の端が少し歪み、笑いの形を作る。
「ご不満なら、別の殺し屋を雇えばいい」
急に部屋の温度が下がったような気がして、ホン氏はぶるるっと 背中を震わせた。慌てて姿勢を正し、元のように椅子にふんぞりかえってみせた。
その目の前で、殺し屋が無造作に前髪をかき上げた。
感情のない青い右目が、ホン氏をじろりと見やった。ホン氏はそのとたん、椅子から飛び上がりそうになった。
隻碧人形。
片目だけが青いのは、そちら側が失明しているという噂だった。 もちろん、真実は謎の彼方だ。それを確かめた者がいたとしても、その後長くは生きていられなかっただろう。
「報酬のぶんの仕事はしますよ。この右目にかけてね」
アジア最強の殺し屋、隻碧人形はそう言って踵を返した。ホン氏があわあわ言っている間に、ドアを開いてその向こうへ姿を消して
しまう。
隻碧人形が去ってからしばらくの間、ホン氏はどきどきする自分の心臓を押さえていた。百戦錬磨のホン氏を目線だけでこれほどお
びえさせた者は、彼が初めてだった。
そう思うと、ホン氏はかえってなんだかウキウキしてきた。
やはり最高の者を雇ってよかった。このわしにこれほどの威圧感を与えるほどの男だ。標的がどんなに狡猾であろうが、どんな防御を構えようが、隻碧人形に任せておけば安心だ。
「これであいつもおしまいだな。ざまあみろ」
ホン氏はホクホクしながら腰を上げようとした。
そのとき、ドアがまた開いた。
「ん? どうした、隻碧人形。何かまだ用事か?」
ホン氏は最初、なんの気なしにその男に話しかけた。けれど、その途中であることに気づいて首をかしげた。
隻碧人形は、メガネをかけていただろうか?
しかも、あのわずかな間に、スーツに着替えているなんて。
どうしてメガネにスーツなのか、とホン氏は隻碧人形に尋ねようとした。
けれどその前に、その男が片手を上げた。
手の中にナイフがきらめいた。
あっ。
と思ったときには、そのナイフはホン氏自身の心臓にぐさりと突き刺さっていた。
「な、な、な……」
なんで?
と言いかけて絶命したホン氏の前で、その男はちらりと肩をすくめてみせた。
「冥土とやらに着いたら、あんたの信じる神に訴えるんだな。“嘱託”ってえ名の死に神に裁かれたってな。…それはともかく
、昔からけっこういるんだよな。俺を見て不思議そうな顔をする悪人ってさ。いったい誰と間違えてるのかねえ」
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