開会の挨拶。
「え、ただいまご紹介にあずかりました城之内彪馬であります。簡単ではあ
りますが、城之内ゼミナール歳末年忘れクリスマス慰労会の開会の挨拶をさせていた
だきます。
えー、今年はまことにキビシイ年でありました。
にもかかわらず、中学高校合格率、ミッション成功率ともに八十%を越え
る高率で、これもひとえに講師のみなさま不断の努力のたまものと感謝の念にたえま
せん。
一年、まことにごくろうさまでございます。(礼)
しかしながらなにごとにも、内訳がありまして。ミッション成功率八十%
台もその内容を分析してみますと……」
ここで、最強の事務員によって真の開会の挨拶をさせていただきます。
「おう、みんな。今日は飲もうぜ。以上」
おーっ、とやる気の歓声が上がる中、この手の会恒例のバトルが始まる。
「仁!まだ話の途中だ」
ありがたーい開会の挨拶(別名牛のよだれのよーな説教)を佳境で遮られ
た城之内
ゼミナールでもっともエライ(はずの)塾長先生は、遠慮もへったくれもな
く演説の邪魔をしてくれた一介の事務員、飛鷹仁に抗議した。
だが、いつも電卓叩いてるよーな事務員は、実は城之内ゼミナール最強最
悪……ぼかっ。いてぇ。
「最大と言えっ」
解説まで殴ってしまう無敵の事務員なのであった。
そんな男にとって塾長など何ほどの脅威であろうか。
「うっせぇんだよ。おまえの説教はよぉ。いつまでたっても終わりゃしねぇ
。おまけにまぁ、どーでもいいことをだーらだらと誰も聞いちゃいねーだろーがっ。
見ろ、珠里なんか寝ちまってるぞ」
ホントに寝ていた珠里ちゃんは、立ったまま身を傾けて船こいでいたが、
はっと正気に戻り
「飛鷹サン。私起きてます。ちょっと目をつむってタだけ」
古今東西ぜか変わらぬ大嘘とわかりきっている言い訳をほざいてくれる。
「ほー、じゃ内容聞いてたな?なんて言ってた?」
「えーっとお?ごくろうさまでしタ?」
「他に?」
「えー、ボーナスアップ?」
「言ってねぇっ」
キビシク迫る事務員の背中を手も足も出る同じく最強最…(こっそり)ア
クの姐御、工藤深雪が蹴りつけた。
「いいかげんにしなさいっ。珠里いじめてどーすんの?あんたは彪馬をいた
ぶってりゃいーのっ」
「どういう意味だ、深雪?いたぶるならともかく、何故私が仁にいたぶられ
なくてはならない?」
おーっと問題発言でました。
「ちょっとぉっ、どゆ意味?どーやってあんたが仁をいたぶるのよ?どっか
らどー見
たってあんたの方が振りまわされてるってのに」
それが世間の見解であろう。
しかし、ここで待ってましたと乗り出してきたのが飛鷹である。
「よくぞ言ってくれた、深雪。こいつはなぁ、こーゆーワタクシ正義の味方
です、てな面
して実は、陰険でねちこくて変態で……」
「仁!これ以上は名誉毀損とみなすっ」
「なんだよぉ、ホントのこっちゃねーかよ」
「えええ、陰険でねちこいのは分かるけど、どのへんが変態なの?」
乗り出す深雪。瞳が爛々と輝いているのは気のせいじゃない。
側では珠里がきゅうっと手を握って拝聴の構え。少女の正しい生き方であ
る。
「うむ、それはなぁ……」
得々と物語ろうとする飛鷹、阻止の構えの彪馬。燃える女たち。宴会は始
まったばかりだというのに、一気にクライマックスを迎えようとしていた。
そこに。
「あ、みなさん。何やってんですか?乾杯がまだですよ。はいビール、ビー
ル。まず乾杯してからにしましょうよぅ」
割り込んだのは城之内ゼミナールアルバイト講師にして、嘱託のルーキー
天羽洪明くん。
普通新人というものは、皆から怒鳴られたり小突かれたり、フォローして
もらったりして大きくなってゆくものだが、なぜであろうか、新人でありながら皆の
フォローがすっかり身に付いた殻になってしまっている。
城之内ゼミナール極少の常識人である。裏返せば苦労人ということ。権威
も権力もないし。
力がないから彼の仲裁がすんなり通ったためしがない。
「なに言ってんのっ。いいとこなのに」
深雪にはかみつかれるは
「てめー、新人のくせに仕切ろうたぁ、いい度胸じゃねーか」
飛鷹には怒鳴られるは
「洪明くん、君もたまには良いことを言う」
塾長のお言葉は決して褒めてない。
「洪明サン、ワタシ、ビールは大ジョッキがいいデス」
これ、抗議っていうのかな?
「えっえ、あの、ですから……」
ビール抱えてわたわたする洪明。やはり、彼には荷が重いのか?
酒の一滴も入ってないのに、収拾がつかなくなりつつある。
そこに。
「やかましいっ」
天の雷が落ちた。
御大、修野賢三氏であった。
「おまえら、いいかげんにしろっ。ビールなんぞよりもっと大事な事がある
だろうがぁっ」
地殻をも揺るがす大音声とはこのこと。
「あ、はい。すみませんでした」
わけもわからず謝ってしまう小市民。
いや、洪明だけではない。他の面々も口を閉ざし、うつむいたりなぞして
いる。そう、この世にはビールなぞよりもっと大事なことがある、と思いを馳せずに
いられない、クリスマス。
すっかり静まりかえった会場。
そこで煙草に火をつけて修野賢三は、おもむろに口を開いた。
「俺はカルピスだ」
天の声であった。
「ははーっ」
なぜか平伏してしまう一同がそこにいた。
ここで宿題です。
城之内ゼミナール中、最大最強の実力者は誰でしょう?
ともあれ、ビールと大ジョッキとカルピスが配られて。
「カンパーイ!」
グラスが打ち合わされた。
「一年間、ごくろーさまでしたぁ!」
「メリークリスマァスっ」
「来年もよろしくぅ」
「あ、おれトリ、トリ食う」
「ビール、おかわりデス」
何が何だかわからない会話も飛び交って、宴会は真の佳境を迎えようとし
ていた。
宴会は真の堕落を見せ始めていた。
「仁、ここに座れ。いいか、俺は前から言いたいことがあった」
気持ちよーく飲んでいる事務員にむかって、説教を始める塾長。
「うっせぇな、もう。俺は聞きたかねーよ」
「いいから座れ!だいたいお前はだな、おおざっぱすぎる。俺は前から何度
も何度も言った。忠告したはずだ。にもかかわらず、なんだ、あのゴミは?」
「ゴミがなんだってんだよ。酔っぱらいがっ」
「いいから、座れ!ゴミというものはだな、人類の浮沈にかかわる重要な課
題だ。燃えるゴミ、燃えないゴミは初歩の初歩。燃えるゴミとても再生可能なゴミと
そうでなおゴミとに分別し、燃えないゴミも同様に、アルミ缶とスチール缶。ペット
ボトルの蓋と胴体、瓶ならば透明、茶色、緑と分け、できうる限りの再生を図り、指
定ゴミ袋に入れ、名前を書き、指定日に指定された場所に出す。こんな簡単なことが
何故できない?」
「全然かんたんじゃねーよ」
「いいから座れ!」
修野氏は、ごきげんだった。
「もいっぱい、カルピス」
ジョッキを差し出す顔がほんのり赤い。
「飲み過ぎですよ、修野さん」
洪明が忠告するも、聞かず。
「いいから、もいっぱいっ」
「もー」
と、よくある会話の末、首尾よくカルピスを手にした修野氏、ふりかぶっ
てぐーっと一気にあお……いだまま倒れた。
「げっ、修野さん!」
彼は熟睡していた。
「なんなのよっ」
深雪は怒った。
「カルピス飲んで寝ちゃうなんて。そんなはずないわ。あんた、なに飲ませ
たの?」
「えっ、だって、カルピスといえばカルピスサワー、でしょ?」
それはカルピスに焼酎とソーダを入れたとっても口当たりよくって、それ
なりにアルコール度の高い飲み物ですね。
「このバカっ」
蹴りが入りました。
「ダンナは酒がだめなの。カルピスときたら、ただのカルピスじゃない。酒
なんか飲ませたら潰れるに決まってるじゃないのよ、このサケセクハラ男!」
「サ、サケセクハラ〜」
それは、飲めない人に酒を強要する、とても卑劣なハラスメントでありま
す。
「そそそ、そんな。俺はそんなつもりじゃぁ……」
「え、洪明サン。修野さんにセクハラ……」
珠里ちゃんのお言葉は、これまた一つの言葉の暴力。
「セクハラ……、俺が修野さんにセクハラ……」
立ち直れないかも。
「ダメですよぉ、洪明サン」
珠里はにっこりして、手にしたジョッキを握りつぶした。
「……」
真の恐怖は、にっこり笑って貴方の隣にいるのかも。
宴はたけなわであった。
「いいから、座れ」
「うっせえっ」
「ダンナ、起きないと私んちに連れ込むわよっ」
「洪明さん、大ジョッキ、もイッパイくださ〜い」
ぐっしゃ。
洪明は天を仰いだ。
「俺、生きて帰れるかしら?」
|