「 おいしいです、ビールって」
大ジョッキ、最後のひとしずくを舐めながら珠里ちゃんは言った。にっこり、天使の笑顔の唇にビール泡。
「そう。よかったね……」
応じる洪明の顔はひきつっている。彼はまだ二杯目の中ジョッキをすすっている最中。いや、今ちょっと胸やけしてもう飲めない状態なのだが。
「も、イッパイいいですか?」
小首を傾げておねだりする珠里ちゃんは、日本女性がとうの昔にかなぐり捨てた、大和撫子のつつましさがあり、見る者の心潤わせる。
でもおねだりしてんのは、生ビール大ジョッキなんだよなあ。
しくしくと心で泣きつつ、
「あ、おかわりね」
おねだりを叶えてしまうばかがいた。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに刺しだしたジョッキの把手が、ボキ。
取れた。
「まあ、ヒビが入っていたですね」
おっこちたジョッキを取ろうとしてつかんだら、ぐしゃ。
ジョッキは潰れた。
飲ませていいものか、己に問いかける洪明である。
花のよーにかわいい珠里ちゃんは、酔っぱらうと超絶怪力になってしまう美少女であった。
さすが嘱託のメンバー。珠里ちゃんの特殊能力は図り知れないものがある。
「み、深雪さん……」
向こうじゃ塾長が事務員を説教している。唯一頼れそうなのは修野を今しも担ぎ上げた、工藤深雪。 しかし、深雪は冷たかった。
「何いってんのよ、セクハラ男が」
彼女が冷たいのは、考えたくないが修野関係からであろうか。しかし洪明は知らなかったのだ。まさか修野がカルピスサワーの二杯でつぶれる男であったとは。
「知らないですめば、嘱託はいらないのっ」
「ううう」
「そーゆーわけで責任もって、珠里の面倒を見るように。あ、狼になるんじゃないわよ、青少年」
「そんなああああ」
叫んでいる間に見捨てられてしまった。
「オオカミ?」
おとなしくビールを待っていた珠里ちゃんはかわいく尋ねた。
「て、このこ?」
「? は?」
傍らにはいつの間にか狼がいた。
「は?」
洪明の頭が事態を拒否していた。しかし現実は消えなかった。
「おおお、おまえア ラスカだかどこかに帰ったんじゃ?」
それは、珠里が動物園から逃がしたはずの人食い狼であった。
「呼んだラきまし た」
「呼ぶなあ、そもそも来るなあああ」
どうするどうなる天羽洪明。前門の怪力美少女、後門の狼。彼は生きて帰れるのか?
「きゅーん」
狼がビールをねだった。
「ビール、マダですか?」
美少女も待っている。
「へい、お待ち!」
そして運命のビールが……。
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