◆新井破摩男◆



新井破摩男 行年二十六歳

甲州の産にして、東京に於いて新選組へ同志し、後ち会津に来り。
辰の五月朔日、白川にて手負。
同年九月四日如来堂にて、山口二郎と共に二十三人の中に入りて潔く討死にせり。



絵姿にはこのように書かれているが、同じく中島登は隊士名簿の方には
「辰四月二十五日、白川関門に討死す」
というように、二通りの記録を残している

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