なんだか 日記   2001年6月
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ど−でもい−よ−なことですが ・ ・ ・


インデックス
6月 2日 長岡派?
6月 3日 アニメ映画 「メトロポリス」
6月20日 8cmバックロード

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6月20日

8cmバックロード
8cmフルレンジFE88ESを使用した新型バックロードホーン BH-0806ESを「自作スピーカー・ギャラリー」に追加した。これまで作っ てきたヘッドが突き出た人形型バックロードではあるが、ホーン開口はス ワンのようにボディ下部の背面にある。この機種を設計することになった いきさつについては BH-0806ESのページにあるとおりだが、あらか じめスーパースワンとなりに置いて比較しながら使用することが分かって いたので、設計には少々頭を悩ませた。
はなからスワンの音質傾向を否定し、「こっち(自分の設計)のほうがスワ ンよりも断然音が良い!」などと大見得をきって、音が良いか悪いかは別 にして実際にはスワンと傾向が異なる音質(例えば、音像が大きめで音場が 狭くやや鈍感な感じ、とか。)になるようにまとめてしまえば楽なのだが、 そうするとスーパースワンにお使いのユニットFE108ESIIとの違いを楽しみ たいといったことはできなくなる。
FE88ESはもともとバスレフ型スピーカーで使ってもある程度音域バランス がとれるようなユニットで、これまでにスーパーフラミンゴや自分で設計 したバックロードに取付けて聴いてみた印象でも、聴感上豊かに聞こえる 低域をやや膨らませたり、中高音にもやや余分な響きを付加して8cmとい う口径の小ささを感じさせない豊かな鳴りっぷりを確保しているように思 えるが、その分ややソフト・タッチ。フォステクスのバックロード向き限 定生産フルレンジの中でもちょっと個性的な音だと言えそうだ。
そういったわけで、10cm口径のバックロード用ユニットの代表格である FE108SやFE108ESII用に設計したバックロードのキャビネットをそのまま FE88ES用に縮小するといった安直な方法を採ると、低域が暴れ気味に聞 こえたり音像が膨らんでしまったりで、あまりうまくいかないだろう。 それをやってしまうとクリアな音楽再生で必要な分解能や音の立ち下が りが不足した繊細さがイマイチの音になる恐れもある。ユニットごとの 音の違いを楽しむといっても、例えば磁気回路が非力なバスレフ型や密 閉型向けユニットとFE208ESのような超強力なユニットを同じキャビネッ トに取り付けて音質を比較してみたところでナンセンス。各ユニットご とにその長所を引き出せる設計というのがあるはずだ。といってもFE88ES が超強力でゴツゴツしたハードな音のユニットに変身するというわけで はない。
というわけで依頼者の方から頂いた幅と高さと奥行きの条件を考慮して 設計した結果がBH-0806ESということになった。さて、スーパースワンと 並べて聴いてもそのメリットを十分に発揮できているだろうか。ちなみ にBH-0806ESとは別の方が使っておられる BH-0805ESaは、その後ユーザーの方がスー パースワンを入手されたので現在そちらでも並べて切換えながら聴いて おられるとのことだが、低音の量感はFE108ESIIのスーパースワンに及ば ないものの、ほとんど遜色ない音でがんばってくれているとのこと。 BH-0805ESaのほうがメインスピーカーなのだそうだ。先日オーディオ雑 誌の取材を受けられた際にも、出版社の方からのウケも良かったらしい。
BH-0806ES、BH-0805ESa、BH-0804ESとこれまでに「自作スピーカー・ギャ ラリー」でFE88ESを使用するフロア型のバックロード・ホーンを3機種紹 介してきたが、つい先日スタンドやローボードに載せて使用するブック シェルフ型8cmバックロードを製作し完成したところで、現在自宅にてス ワンと並べて鳴らしてみている。これも近々「自作スピーカー・ギャラ リー」で紹介する予定。


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6月3日

アニメ映画 「メトロポリス」
今年の春頃、75年前の1926年に製作されたドイツの実写映画「メトロポリ ス」を観た。時代が時代なので、モノクロでしかもサイレント(無声)。 舞台は映画が製作された年の100年後の2026年、経済的独裁者に支配され ていた都市。地下で働く労働者たちの女神として崇められていた一人の女 性が独裁者の陰謀によってアンドロイドにすりかえられてしまうことで重 大な事件が起きてしまう、というストーリー。
映画に登場する製造されたばかりで人間の外観になる前のアンドロイドは 「スターウォーズ」に出てきたキンピカ・ロボットC3-POの原型にもなった と言われているほど。その後の「ブレード・ランナー」や「フィフス・エ レメント」などの都市景観にも影響を与えているし、労働者の働く地下の 町は「未来少年コナン」に出てきたコア・ブロックにもそっくり。
この作品に触発され、手塚治がマンガ家活動の初期頃同タイトルで書いた 「メトロポリス」という作品があるらしく、手塚の生前、一時アニメ化の 話もあったらしいが、初期の未熟な作品として作者の手塚自身がアニメ化 に反対したということらしい。それが、「AKIRA」の作者大友克洋の脚本 と「劇場版 銀河鉄道999」の監督 りんたろうなどが参加して長編アニメ 映画として製作され5月の末に劇場公開された。
わたしは手塚の作品を読んでいないし、アニメ「メトロポリス」は先日観 た実写映画の「メトロポリス」ともあまりにかけ離れているので比較のし ようがないが、率直な印象としてはとにかく画面の描きこみの量とその緻 密さは大変なもので、コンピューター技術を駆使した作画とは言え、その 点に限れば十数年前に生粋の大画面・大音量再生向きアニメとして製作さ れた「AKIRA」を数倍凌ぐのではないかと思えるほど。これほど緻密に描き こまれていると、将来DVDソフト化されたとしても30インチ程度のテレビで 観るのでは見えてこない情報があまりにも多いのではないかと今から心配 になる。100インチでもちょっと苦しい。その前に実効走査線数480本の現 行DVDでは記録できる情報量が足りないかも知れない。
しかし残念なことに各キャラクターの心理状態の表現やドラマ性について は、かつて原作者の手塚があえてアニメ化を希望しなかった理由が分から ないでもないような、いささか密度感に欠けるものに思えて残念。映像は 監督の個性なのか、「AKIRA」のようなエグ味はなく繁雑ながらも薄味で 上品な感じで、見せ場である3Dのコンピューター・グラフィックをこれみ よがしに駆使したメカニカルな動きにも特に必然性がないようにも思えた。
もっとも、テカテカ光る3D-CGではなく従来からのセル画タッチのアニメー ションでも今ではここまで見映えの良いものができるようになったという ことがとても良く分かって参考になった。しかし、もし今この技術力で再 度「AKIRA」を製作したら一体どんなものになるのか、といった邪道なこと を思ってしまうことに、製作者に対してちょっと後ろめたい気にもなった。


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6月2日

長岡派
オーディオ評論家の長岡鉄男氏が亡くなられたのは昨年の5月29日のこと。 6月2日には越谷で告別式が行われたが、あれからもう1年が経ってしまった。
オーディオ・マニアの中で長岡鉄男氏のファンは「長岡派」(または「長岡 教信者」)としてひとくくりにして語られることが多い。ただし、長岡派で ある当人は自分のことを「長岡派」などと説明することは滅多にないだろう。 むしろこういった分類で語られる場合は、往々にして揶揄・中傷の対象とな る時もあるようだが。
一般に考えられている典型的な長岡派としての条件は、長岡式バックロード・ ホーンや共鳴管方式のスピーカーを使っていることや、前衛音楽や現地録音 の民族音楽などいわゆるゲテモノ音楽ソフト、そのほかにも環境音のソフト など一般の音楽鑑賞の趣味では考えられないようなソフトを聴くということ だろう。(オーディオはあまりやらないが長岡氏の書いた文章や遍歴の枝葉 末節にやたらこだわる“長岡鉄男マニア”というのもあるようだが、ここで はちょっとよそに置いておこう。)まったく別の空間に存在していた音像と 音場をヴァーチャル・リアリティとしてスピーカーから音波を発生させるこ とで眼前に再現するといったことを目的にした趣味なのだが、これをいわゆ る「音楽鑑賞」とごちゃまぜにして一方的に批判する音楽鑑賞マニアが後を 絶たないので、いつまで経ってもまったく収拾がつかない。
長岡氏はLPレコードの時代から、雑誌の連載やそれらをまとめた著書「外 盤A級セレクション」などで、録音現場の状況の再現にこだわるための優秀 録音ソフトの紹介を積極的に行っていたが、音楽鑑賞は好きだが「高い再 現性」に対して無頓着なマニアからはただのゲテモノとして認識されるこ とが多かったようだ。録音現場を原点とした「高音質」と特定のリスナー にとっての“好きな音質”=「好音質」の取り違いはいつまでたっても平 行線をたどるばかり。基準の位置が異なるのだからしかたがないが、その 基準の相違にさえ気が付かないマニアが多いのでは溝が深まるばかりだ。 といっても前述の「外盤A級セレクション」にはゲテモノばかりではなく、 あえて音質はベストとは言えないと断った上でJ.S.バッハの「マタイ受難 曲」が2セット(指揮者はそれぞれリヒター(58年盤)とクレンペラー) が紹介されていたりもする。
また、現在のホームシアター・ブームが来るずっと前から長岡氏が始めて いた三管プロジェクターでスクリーンに映し出す大画面映像についても、 いわゆる「心地よい映画鑑賞」とは異なる「撮影現場の再現」を目指して いたようだ。以前長岡氏のリスニング・ルーム「方舟」で見たVPH-G70QJ で投射する高画質DVD「レジェンド・オブ・フォール」の夜の森の映像は 驚くほど鮮明で、俳優や木々にどのように照明を当てて立体感を出そうと したかが手に取るように分かる空間表現。こうなるともはや従来からの 「映画」のイメージは微塵も感じない。方舟の他にもG70QJやその他の高 画質と謳われているプロジェクターで同じ「レジェンド・オブ・フォール」 を何度か見たことがあるが、確かに三管プロジェクターの長所で黒はよく 沈みこむものの、これらが全体に色が少なく霞が掛かりスクリーンにべっ たりと貼りついたような平面的な映像に見えてしまうほど、まったく別物 と言ってもいいくらいの違いだった。これはなにも「レジェンド・オブ・ フォール」に限った特殊な現象ではない。オーディオの音と同じように、 どちらか一方の傾向の映像を良しとしてしまうと、他方についてはまった く許容しがたいものになるのではないだろうか。
方舟での映画の映像は、いわゆるフィルムっぽい優しさのある映像ではな く非常に現実っぽい映像で、透明でコントラストが極めて高くフィルムの 良さが十分に発揮されて非常にカラフル。あらかじめ長岡氏の書いた雑誌 の記事で予想はしていたことではあるが、その予想を越えているものだっ た。しかしこれも上に挙げた「音」の場合と同じように、いわゆる「映画 的な映像」鑑賞を主目的としたマニアからすれば毛嫌いするような味気な いものに見えるかもしれない。おそらく大半の一般リスナーの基準は、音 にしても映像にしても「劇場」でのイメージを基準にしてその路線の延長 上で好画質・好音質を求めるといった方向なのだろうから、結局のところ 方舟の音も映像も一般リスナーとはあまりにもかけ離れ過ぎていたことは 間違いがないと思う。
「音」にしても「映像」にしても、録音現場や撮影現場の現実を眼前に再 現するには、その現実ができるだけ変形されない状態でソフトに記録され ている必要があったため、長岡氏はハード以上にソフトの記録状態に対し てこだわり、そうした様々なソフトや機器の実際の違いを克明に観察する ために、バックロード・ホーンやハイスピードなアンプやプレーヤーが必 要だったのだろう。
どんなオーディオ・システムでもスピーカーから出ている音はプレーヤー で再生しているソフトでありその音を聴くのはリスナー自身なのだから、 逆に考えれば自分の好みの音質を得ようとした場合には「ソフト」の記録 状況を無視するわけにはいかず、「ソフト」と「ハード」と「リスナー自 身の好み」との相性を十分に考えておく必要があると思うが、そういった 相性を判断できるようになる以前に、「○△☆はとにかく音が良い」なん ていう安直な売り言葉を鵜呑みにして初心者リスナーがやみくもにベテラ ン向きのハードをそろえてもまともな音にはならないことが多い。憧れと お金があれば「ハード」はすぐにでも手に入るが、憧れとお金では手に入 らないリスナー自身に備わっている使いこなしのための「ソフトウェア」 が経験や状況の見極めによってグレードアップしていくことが最も重要で ある気がする。「ハード大国・日本」を地でいくようなことにはなりたく ない。 「ソフト」や「リスナー自身」との相性も考えずにただただ「ハード」を もてあますなんてことにならないように気を付けたいものだが、「“みん な”が良いと言っているのだからとにかく良いんだ。」と思い込むほかに は多額の出費を納得するすべがなくなってしまうというのは、とてもかな しい。
ところで、「録音現場」や「撮影現場」の再現を目標としている長岡派は 今どのくらいいるのだろう。かく言うわたしもギョッとするような音や音 場の再現に日夜心血を注いでいると言うわけではないし、映像にいたって は「とりあえず手持ちの古い機材を細々と使ってま〜す。」といった程度 なので、現状ではとてもスクリーンから撮影現場の現実が見えてくるなん てことがないのは辛いところ。そんなわけで、心底からの長岡派とは言え ないし、ましてや現在は1機種も長岡氏のオリジナル・スピーカーを使っ ていないので、その意味でも長岡派の風上にも置けないような不届き者な のかも。。。


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