なんだか 日記

1999年3月


どーでもいいようなことですが・・・


インデックス
3月 2日 ホームシアターのアイテムを画像で紹介
3月 6日 趣味 の 実益
3月15日 好きな作曲家
3月22日 怪獣来襲の被害 〜「GL」から〜
3月24日 メイン・アンプ交換のその後
3月28日 初めて映画館で観る 「ドラえもん」
3月31日 はやいもので ・ ・ ・

翌月の「なんだか日記」へ
先月の「なんだか日記」へ
表紙に戻る

3月31日

はやいもので ・ ・ ・
はやいもので、今日で3月も終わり明日からは4月になる。むかしからよく言うが、
1月は「 いぬ 」3月は「 さる 」。そうすると2月は「 きじ 」になるのか?
いや、桃太郎の話ではないのでそうはならない。( って自分でつっこんでみる )
この冗談話は結構気に入っている話なのだが、きょうの日記に書くのがタイミング
がいいのではないかと思って書いてみた。ほかに書くこともないので、このギャグ
だけで今日の日記はおしまい。
こんなことすると、ただでさえ多くはないであろうこの日記の読者を、さらに減らし
てしまうかもしれないが、どうしても書いてみたかったので( なぜ?)、まぁ多めに
見てやって下さい。
  そうそう、あしたはひとにだまされないように気を付けましょう。  それでは。  (^^;/~


インデックスに戻る

3月28日

初めて映画館で観る 「ドラえもん」
1月13日の日記にレンタル・ビデオで「帰ってきたドラえもん」を観て感銘を
受けたと書いた。今、映画館で長編アニメ「のび太の宇宙漂流記」と同時上
映で「のび太の結婚前夜」が公開されている。これまで一度も ドラえもん
映画館で観たことはなかったのだが、この「のび太の結婚前夜」にひかれて
初めて「ドラえもん」を観るために映画館の座席に付いた。          
映画「のび太の結婚前夜」「帰ってきたドラえもん」と同様、30分にも満
たない短編作品である。原作は、藤子・F・不二雄が1981年に書き上げたも
ので単行本にも収録されているが、この映画の主人公は、のび太でも、しず
かでも、ドラえもんでもなく、しずかの父だったようだ。キャラクター設定もさる
ことながら、声を当てている 久米 明 の好演が光っていた。          
この短編2作品は長編アニメの監督とは別人が監督をしているようで、これま
での ドラえもん ではみられなかった、演出の冴えを感じることができる。決し
てこけおどしのCG技術を駆使しているわけでもなく、「子供向け作品」という
位置付けから解放されることもないのだろうが、それでも「良い作品」とはどん
なものかを再確認させてくれるだけの質を備えた秀作といえるだろう。    
機会があれば 「帰ってきたドラえもん」 ともども、一度はじっくりとご覧あれ。


インデックスに戻る

3月24日

メイン・アンプ交換その後
2月7日の「なんでも日記」で、オーディオ・システムに使っていたメイン・アンプ、
ローディー HMA−9500 が壊れたためフィリップス LHH−A700 に交
換したと書いたが、ある程度落ち着いたので約40日の経過をまとめてみる。
交換した当初はあまりの音の違いにがっかりしてしまった。LHH−A700
新品ではなく、3年ほどセカンド・システムでスーパースワン等と組み合わせて
使用していたもので、その間にエージングは十分進んでいるはずなのだが、
HMA−9500 に比べると、まるで開封直後の新品アンプのようにメタリック
でぎこちない音がするただの元気の良いアンプといった感じ。(もっとも HMA
−9500は23年の間に完熟した音だったのだろうが。)
これはお手上げかとも思ったのだが、ダメでもともと。アンプを壊さない程度に
手を入れて音質を改善する手段に出た。まず電源ケーブルの付け換え。この
アンプの電源ケーブルは最近はやりの3Pインレット・タイプではなく本体から
のじか出しなので、天板を外しての作業になる。もともと付いていた2スケアの
OFC平打ちケーブルを取り外し5.5スケアのビニールキャブ・タイヤケーブル
をはんだ付けする。次にフィルター・コンデンサーの取り付け強度アップのた
めに基盤上に4本ずつ並んでいるフィルター・コンデンサーをエポキシ樹脂で
連結。ついでに基盤上に近接配置されている小型コンデンサーにも同様の処
理を行う。エポキシ樹脂のある程度の硬化を待って天板を取り付けアンプ内
部への作業は終わり。
このアンプにはもともと250g程度の焼結合金の脚が3個付いているが、表
面仕上げがざらついているため取り外し、タオックから出ている1個800g
の鋳鉄製のピンタイプの脚を使用。ネジ止めなしの載せるだけの3本脚だ。
ここまでの対策で HMA−9500 との間に10歩以上あった差が4歩くらい
に狭まった印象をうけた。またこのアンプの最大の弱点であるボリュームだ
が(なんでこんなものが付いてるんだ!)、取り外したり短絡させたりするのは
過激(?)なのでボリューム・ノブをMAXにした状態で、消しゴムの小片で作
ったくさびでダンプしてみる。これだけでも結構な違いが出る。
この状態でしばらくはマトリクス・スピーカーも付けて鳴らしていたが、試しに
改造無しのサンスイ AU−α907i MOS LIMITED に置き換えてメイ
ン・スピーカー2本だけで鳴らしてみたら LHH−A700 にかなりの差を付
ける。特に微少信号の表現での差が大きく旧型MOSの特徴が出て音色
も極めて美しい。この音でマトリクスが可能ならいうことなしだが、迷いに迷
って再び LHH−A700 に戻す。
HMA−9500 には12kgある大型の鉛インゴットと2.5kgの鉛インゴッ
トを各2本ずつ計30kg載せていた。このアンプにはもともとボンネットがな
く、インゴットは2基ある電源トランスのケースとコンデンサーのシールド・ケー
スを直接押さえ込むことになるので、重量付加の効果が大きく現れていたし、
インゴットの重量でボンネットがへこむ恐れも全くなかった。
LHH−A700 のボディーは底板が3mm厚の鉄板、天板は4mm厚のア
ルミ板。それ以外は10mm厚のアルミ押し出し材で構成されている。また底
板と天板は肉厚10mmのヒート・シンクで連結され、並みのアンプでは到底
追いつけない非常に強固な作りになっている。そこでこれまで2.5kgを4本、
計10kgを載せて聴いていたインゴットの本数を徐々に増やして音質の変化
をみることにした。8本、計20kgまで載せると微少信号の増加に伴って音
場が非常に広くなり切れ込みも向上。12本、計30kg載せると密度感もか
なり上がる反面、音場が狭くなる。間を取って計10本25kg載せた状態が
いまのところベストのようだ。( くれぐれも通風口を塞がないように注意が必
要。)現在はこういう状態で様子を見ている。電源は常時入れっぱなし。
HMA−9500 に比べての不満が消えたといえば嘘になるが、あと2歩と
いったところで、それもエージングで次第に解決していくのではないかと思
えるようにまでにはなった。しばらくはこれで鳴らし込んでみよう。


!!注意!!  こんなことを書くと LHH−A700 はそのままでは使いものにな
       らないアンプだと誤解されるかもしれませんが、全く手を加えなく
       てもクラスを越えるかなりの高音質が楽しめますので念のため。


インデックスに戻る

3月22日

怪獣来襲被害 「GL」から〜
子供の頃、巨大怪獣や巨大な正義の味方が都会で格闘をする際に発生する、人命
に対する被害はどうなっているんだろうとTVで観る度いつも疑問に思っていた。   
そのことは最近のパニック物のSF超大作映画でも同様で、個人的な被害の描写を
避けているように思う。「インディペンデンス・デイ」のUFOの総攻撃でも攻撃直前まで
描写されていた人々の死は攻撃中には描写されていない。これはエンターテイメント
性を重視してのことと思う。(ただしもともとスプラッター等の個人的被害の描写が売
り物の作品は今回この話の対象外。)                           
怪獣来襲時における個人的被害に焦点を絞り作り上げたといっても良いのが、今月
公開になった「ガメラ3」ではないだろうか。かといって決して個人的被害の描写を
売りにしているわけではなく、向き合っているといえばよいか。これはCG技術の貢
献が大きいとも思うが、何の恐れもなく喫茶店でくつろいでいる人々を突然ガメラ
の吐き出す火炎放射が襲い、ゴミのように吹き飛ばされ舞っていく。ガメラがちょっ
と腕を振ったことでビルが倒壊し隠れていた人々が下敷きになる。災難は何の前触
れもなく突然やってくる。地球を守るためならこの程度(?)の被害はこの際無視で
きるのか?そういった疑問を抱かざるをえなくなるような極めてリアルな映像。作り
手の執念が存分に感じられる。このように多くの人々の命を全く無視するガメラだ
が、視界に入ったたった一人の子供を救うために手傷を負ったりする矛盾もきちん
と描写されている。ガメラが渋谷での戦闘で出した被害は死者1万5千人以上。  
ただ残念に思うのは役者の演技力で、戦闘描写のようなリアルさはなくどちらかと
いえばTVドラマの延長上にあるように思える。それでもこの作品は新生ガメラ・シリ
ーズの完結編であると同時に、この分野の映画の新たな一歩になったのではないだ
ろうか。怪獣映画の枠を大きく越えた何かを観る者に与えてくれる。         
作品の終盤では京都駅が最終決戦の舞台となるが、その描写のリアルさに京都に
住んでいる親戚への見舞いの電話の心配がふと脳裏をよぎった。なんてね。(^^; 


インデックスに戻る

3月15日

好きな 作曲家
わたしの場合、オーディオ・マニアになった理由は好きな音楽をいい音で
聴きたいと思ったからだったと思う。異論はあるだろうが、とくにクラシッ
クの小編成の室内楽曲や器楽曲では、並みのレベルの演奏を生の演奏
会で聴くより、よくチューンナップされた本格オーディオで聴くハイ・レベル
な演奏のほうが、より多くの感性を得ることができると思っている。ただし
オーディオ・システムの質が悪いと、リスナーに大変な誤解をさせてしまう
ので注意が必要だ。「生」か「オーディオ」かが議論されるとき、この「装置
の質」も「演奏の質」さえも無視されていることが大変多い。( 少なくともわ
たしの場合は、いくら「生」でも「シロート」演奏はかんべんして欲しい。)
また、大編成のオーケストラ演奏はそもそもオーディオで再生すること自
体に無理があるように思える。そのことは録音方法をみても分かる。
室内楽なら2本ないし4本のマイクで、全体像を明確に捕らえたかなりハ
イレベルな録音が可能だが、オーケストラ録音ともなるとマルチ・モノラル
収録のために何十本ものマイクを並べ切り絵細工のように全体の音像を
組み立てる。解像度の低いオーディオ・システムにはこれでも問題ないと
いうよりこのほうが都合がいいのは分かるのだが、高解像度なシステム
でこの手の録音を再生すると、へんてこりんな音像が並ぶことになる。
さらに一般家庭であの圧倒的大音量を再現することは可能だろうか。オ
ーケストラ演奏の市販ソフトはそれができないことを前提として、圧縮した
りデフォルメしたりしてダイナミックレンジを押えた状態で収録されている。
それが理由というわけではないが、モーツァルト、バッハ、武満と、音の表
情を描ききることで楽曲の真価を発揮する作曲家を以前から愛聴している。
この作曲家たちの曲を聴く(または演奏する)と、単に強弱それぞれの音
が並んでいればいいのではないということが、ほかの作曲家の曲よりよく
分かる。ただし、大作曲家のCDには超優秀録音といえるほどの名録音
が少ないというのも事実。( まだこの3人はその点では恵まれているほう
だとは思うが ・ ・ 。)
その中でとくにモーツァルトの曲はわたしの体調( 正確には思考回路の調
子 )次第で曲のテンポまでが違って聴こえる。また、システムの中でアンプ
を交換してもテンポ感がちがって聴こえる。その理由を考えてみたが、アン
プが変わり再生される情報量が減ると脳の中での情報の処理速度が遅く
て済むため曲が遅く感じ、情報量の多いアンプだとその逆で早く感じるので
はないか。体調の影響についても同様で、調子がいいと処理能力が高く余
裕があるのでゆっくりに感じ、調子が悪いとその逆でせっかちに感じる。
大半の、処理すべき情報( 質も量も )がほどほどの曲だとその違いも音
質の違いまでで、テンポ感の変化はほとんど感じない。
よく言われていることだが、演奏家にとっても聴衆にとっても「モーツァルト
は心の試金石」。そしてオーディオ・システムにとってもそれは同様である
ようだ。


インデックスに戻る

3月6日

趣味実益
これまで7機種の長岡鉄男氏設計のモデルを含め70機種の自作スピーカー
を製作してきたが、当然その全部を自分で使用しているわけではない。   
現在我が家で使用しているスピーカーは8機種。自分で廃棄したものが5機
種あり、残りの50機種近くは知人のリスニング・ルームではたらいている。
( はずである。)                                    
わたしがあえて自作スピーカーを勧めるのは、同じコストを掛けるなら少しで
も良い音で楽しんで欲しいと思っているからである、と自己分析してみた。 
特に音楽演奏をやっている人には支持を得ているのだが、「自作スピーカー
ギャラリー」を見れば分かると思うが、インテリアとしては決してクオリティー
は高くはないため、特に音質にこだわらない人にとっては全く価値のない代
物である。                                      
知人に作る場合には、材料費のみで製作するようにしているが( 多くは逆
ざやになる。)、第三者から、法外な値段を吹っ掛けて荒稼ぎをしているの
ではないかと勘ぐられることがある。決してそんなことはしていないのです
よといってみたところで、うまくごまかしてるんだろうと思われる始末。こうい
う人たちとは何を話をしてみても全く議論がかみ合わないことが多い。  
確かにわたしの趣味にも実益みないなものはあるが、それは数多くのケー
スに当たることで設計するスピーカーの品質が向上していくこと。それで商
売をしようなんて思ってもいない。これはあくまでも趣味であり、いってしま
えば無駄なことなのだ。                              


インデックスに戻る

3月2日

ホームシアターのアイテムを 画像で紹介
久しぶりにプロジェクターが修理から戻ってきたので、ホームシアターの
アイテムを画像で紹介するページをアップ。
6畳間に無理矢理100インチのシステムを導入しているので、プロジェ
クターには結構無理をさせている。このセッティングの方法はHi-Vi誌
などでおなじみの澤里昌吉氏がソニーのドルフィンで行っている方法と
同じ。Hi-Vi誌で澤里氏が紹介していた、フォーカスを改善させるため
のドーナツ状の厚紙も取り付けてみた。多少は映像が暗くなるが、フォー
カスは確かに改善されている。視聴距離が近く、もともと明るさは十分確
保できているので、特に問題はない。
ところでプロジェクターを修理から戻って来て再調整をしてみたが、映像
の基本設定がやたら明るくしてある。最近発売になった同社の液晶プロ
ジェクター LVP-L10000でもネット上で一時話題になっていたのだが、
ユーザーが調整可能な最低限に暗い設定でも明るすぎてまぶしいらしい。
修理後のうちのプロジェクターの設定もその路線に近い感じだ。
これだけ明るい設定ならスクリーンの素材はビーズではなくマットで十分
な気がするが、いまさら買い換える気はない。さてどうしたものか ・ ・ ・ 。


インデックスに戻る


表紙に戻る