なんだか 日記

1999年4月


どーでもいいようなことですが・・・


インデックス
4月 1日 大きな「 嘘 」
4月 5日 字幕を読む
4月 6日 長岡鉄男編集長の本「観音力」に掲載
4月12日 ネロの悲劇
4月20日 ツバメの巣
4月23日 「 無 意 味 」 の意味

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4月23日

「 無 意 味 」 の意味
海外のDVD通販サイトをのぞいていると、アニメのカテゴリーの中に「 プロジェクトA子 」とい
う日本のSF( でいいのかな?)アニメ作品のソフトが入っていた。ご存じの方が多いのか少ない
のかもよくわからないような作品だが、製作されたのはもう十年くらい前だっただろうか。当時は
レンタル・ビデオを借りてきて観たのだが、徹底したばかばかしさに画面を眺めながらある意味
で陶酔していたと思う。われながら無邪気だったものだ。                       
人気があったのか、まもなく「プロジェクトA子 2」も登場。(その後「3」はできたのだろうか?)
今となってはストーリーすらよく思い出せないが、その徹底ぶりだけは強く印象に残っている。
この作品(という言い方も変な気がするが。)を観て、『「無意味」の意味 』について考えざる
を得ないと言っていた友人がいた。そこまで言うのは少々大げさな気もするが、たしかに勧善
懲悪を前面に押し出しているわけでもなければ科学的考証に基づくSFストーリーでもないし、
そもそもキャラクターやストーリーの設定にどんな意味合いがあるのかもよく分からない。しか
しそんなこと考えるのがはなっからばかばかしくなるようなところに、この作品の真骨頂がある
のだろう。「無意味なもの」が存在することに意味を与えているということか。( なんて書くもの
無意味な気がする。 (^^; )                                       
一見無意味なものでも、その意味合いがわかってきたものもあるようだ。眠っている間に見る
「 夢 」も起きている間に脳に入ってきた情報を整理しているだとか、夢を見る直前に起こして
夢を見ないようにさせると怒りっぽくなって、しまいには死んでしまうだとかいうことが分かって
きているのだそうだ。たかが夢といってもあなどれない。                      
夢と言えば、これも日本のアニメの「うる星やつら 2 ビューティフル・ドリーマー」もDVDソ
フトが海外では発売されているようだが、この作品も「プロジェクトA子」もまだ日本国内での
DVDソフトの発売はされていない。この手のナンセンスもの(?)の作品はできが良くても教
訓を求め大義名分を重んじる国民性には合わないということなのだろうか。          


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4月20日

ツバメ の巣
一棟に八世帯が入っている共同住宅に住んでいるのだが、10日ほど前から玄関上
の小さな配電盤(?)ボックスの上にツバメのつがいが巣を作り始めた。この場所は
真夜中でも蛍光灯が光っていて明るい。これでツバメたちはよく眠れるだろうか?
じつは何年か前にもツバメが同じ場所に巣を作ろうとしたことがあった。この時は玄
関上ということで人の出入りに驚いて3日もすれば別の場所に移ってしまったみたい
だったが、今年のツバメは根気強くほぼ巣の外形を作り上げるところまではこぎ着け
たようだ。思えばあの小さな体で一気に何千キロもの飛行を終えてここにたどり着い
たのだから、平穏に子育てをさせてやりたいものだ。
しかし、どんなにドアを静かに開閉したつもりでも驚いて逃げてしまう。( そうでないと
彼らは生き延びられないのだが ・ ・ )ちょっとだけ後ろめたい気分で周囲を右往左
往しながら飛び交うツバメたちを眺めていると、少し心がもみほぐされるような気がす
る。このあともツバメたちはここにいてくれるだろうか。


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4月12日

ネロの悲劇
”ネロ”といっても”「フランダースの犬」に出てくる”ネロ”のこと。ちょっと前のレトロ・ブー
ムでやたらTVシリーズ最終回の昇天シーンばかり登場していたが、その甲斐あってか
人気が再浮上。2年くらい前、劇場用アニメが公開された。TVシリーズの初放映は当
時のわたしの年代が対象で、毎週欠かさず日曜夜7時半からの「カルピス子供劇場」
を観ていたものだ。TVシリーズのビデオも全編出ているのだが、いまさら全部観るの
は大変なので劇場用アニメのビデオを借りてきた。                    
今観ると、ネロの悲劇は貧しさも一つの原因だが、それよりも周囲の人たちと毛並み
が違っていたことが最大の要因だったことに気が付く。絵画や音楽など「創造」の分野
で傑出した才能というのは、周囲のありふれたものより点数が高いというのではなく、
決して言葉では言い表せない全く別の概念で成り立っているものだ。          
しかし、圧倒的多数を占める人並みの人々のなかでは、一律の決まり事で序列に入ら
ない者は異端として忌み嫌われる。誰にでも扱えるありきたりの素材でほかの誰にも
生み出せないものを創ってしまうのだから。「創造」することのできる彼らは、 「処理」
ることに対する評価に徹した偏差値社会とは所詮相容れないものなのだろう。いまや
絵画の価値とは画家の知名度と画の面積によって素人が決める貨幣価値のこと。運
良く商業ベースに載らない限り、彼らに権威が与えられることもない。          
かつて尾崎 豊が3万人の聴衆を前に吐いた言葉。                    
「歌えば歌うほどみんなとの距離がどんどん遠ざかっていく ・ ・ ・ 」           
魂のうたなど歌うものではない。                               


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4月6日

長岡鉄男編集長の本「観音力」 に掲載
今日はとってもミーハーな気分なので、その記念に日記にまとめてみよう。
この4月1日に発売された音楽之友社発行の”長岡鉄男編集長の本「観音力」”
「かんのんりき」ではなく 「ヴィジュアル・オーディオ・パワー」と読むが定着するだろう
か。)を買おうと郊外の書店に立ち寄ったことろ、1冊だけ残っていたので内容確認の
ためにまずはちょっとだけ立ち読み。
読者が選ぶ長岡スピーカーBEST10 という企画にわたしも応募していたので、は
じめにその順位を見てみる。”ふぅーん、そぉーかぁ”という順位。
でも総投票者数をみるとちょっと寂しい。これは編集部の宣伝不足かなとも思うが ・ ・。
この本の中でインターネットについて書いた文もあるということなので、ちらりとのぞい
てみると、なんとこのホームページがプリンアウトされて掲載されているのでびっくり!
掲載されたのは「自作スピーカーギャラリー」の「スーパースワン」 の写真とそれに対
するわたしのコメント。
 ( ほかのわたしのスピーカーの掲載はやっぱり無理だろうなぁ。)
気の弱いわたし(?)は、立ち読みしていて思わず赤面状態に。  本当ですよ。 (^^;
もう何年も前に同じ音楽之友社の「stereo」誌の工作特集号のモノクロのページに多く
の自作マニアに紛れてわたしのバックロード・ホーンの写真が掲載されたこともあった
が、今回は長岡先生の特集本(?)なので感激もひとしお。
でも何点か掲載されているHPは長岡先生が選定されたのだろうか。それとも誌面の
都合に合わせて編集子さんが選んでたりするのかも。ちょっとだけ気になるところ。
この本の表紙は、意表をついて正装した長岡先生がモデルをつとめている。2ページ
に掲載されている巻頭言を読んだあとでもう一度この表紙を眺めてみると、なかなか
GOODだ。   ( 決して笑ってはいけませんよ。 (^-^) )
内容はいろいろ盛りだくさんで、結構面白い。
ところで、今日のこのホームページへのアクセス数はいつもの2倍近くあったが、掲載
された画像からホームページのアドレスが解読できるとは思えない。( 画像の上端に
小さく出ているようだが、知っていても読めない。)ただの偶然なのかな、とも思ったりし
ているが、実際のところどうなんだろう。
ではでは、このへんで。ミーハーひょせんでした。     (^^)/~


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4月5日

字幕を読む
日本国内で国外の映画を観るときに、大抵逃れることができないのが字幕
である。                                        
映画館でたまたま前に座高の高い人が座ると、字幕がまともに読めなくなり
鑑賞どころではなくなる。自分も背筋を伸ばしてしまうと、後ろの人にも同様
の迷惑をかけてしまう始末。特に客の入りの多い人気作品では、席の移動
もままならないので困ってしまう。                         
この字幕だが、レンタル・ビデオでもレーザー・ディスクでも当然付いている。
わたしの場合、例えば「アマデウス」という映画でモーツァルトをはじめとする
登場人物が英語でしゃべっていても気にならないし、字幕がないとセリフの
内容がよくわからない。字幕に頼り切っているわけだ。字幕の表示を消せる
仕様のDVDソフトもあるが、字幕なしで丸々1本観ている人はどのくらいいる
のだろうか。                                      
字幕を「読む」ことはオーディオ「聴」ビジュアル「視」に別の要素が加わ
ることになる。よって、英語を母国語とする人が、聴くことによって理解するセ
リフと、日本語を母国語とする人が英語を聴き日本語を読んで理解するセリ
フとでは当然ニュアンスに違いがあるのではないかと思う。また字幕が画面
に表示されることで画面から受ける印象が変わってしまうこともあり得る。 
だからどうしたということもないのだが、わたしの場合感心する外国作品が多
い割に心底感動した外国作品が多くないのは、外国の情景に対して現実感
を持てないという理由のほかに、この読むことでしか理解できないセリフの影
響も大きいのではないかと思っている。それなら日本語吹き替えのビデオや
DVDを観ればいいだろうということになろうが、試してみてもまた別の問題が
あってしっくりいかない。かといって邦画ばかり観ていても面白くない。    
解決策としては語学力を磨くほかないのだろうが、どの程度のヒアリング能
力があれば、母国語同様の理解ができるのだろう。といってもやる気はない
ので今のところは字幕を読むのがわたしにとっての最善策である。     


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4月1日

大きな
「嘘」が大きいほど人はそれを信じやすい。映画「JFK」の中 で引用され
ていたヒットラーの言葉である。
大きな「嘘」が用意される場合、だまされるのは圧倒的多数の大衆である。
それも大衆では誰もその根拠を確認できないような大規模な「嘘」が極めて
周到に準備される。「JFK」の中ではケネディー大統領暗殺以来USAという
国家が極めて大きな「嘘」を現在にいたるまでつき通していることになって
いた。公文書が公開されることになっている2038年に、この嘘が暴かれる
とはとても思え ない。
今現在わたしたちがどのような嘘の中にいるのか、もし分かってもどうしよう
もないのなら、知らないほうが身のためともいえる。「巨大な嘘」と闘うことは
それほどに恐いものだと思う。
ところでみなさん、今日は誰かにだまされませんでしたか?


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