重見の文芸作品を紹介します。
重見はエール大学の理学部に入学し、後に同大学の医学部を卒業した、理系の人ですが、小さい頃から漢学を教え込まれていたので、文才もあります。言ってみれば、何でもできる秀才だったのでしょう。学習院に勤めていたとき校内誌(学習院輔仁会雑誌)に短歌と英文の物語を投稿しているので、それらの一部を紹介します。
短 歌
学習院輔仁会雑誌第44号(明治29年5月)
卯花 空蝉の世をうの花は あし曳の わが山陰に咲き乱れつつ
社頭卯花 神垣の 卯の花ゆえに しらゆふも はえなきころと なりにけるかな
月前郭公 ほととぎす いま一声をなのらなん 月のいずこに ありとしるべき
野径渡 夕まぐれ ひとりたどりて来てみれば 野川の渡し もる人もなし
題しらず 異国の 学の道を 行く人も やまと心は かわらざりけり
蟹行文字 横さまに 読まれこそすれ 世の中の 直なる道は かかれたりけり
鉄道 鳴る神もしかじとばかり おもうまで とどろきわたる くろがねの道
鉄橋 君が代の 萬代かけて 朽ちせぬは いはでも しるきくろがねの橋
電信機 遠近の 隔てもいまは なかりけり ひく銅の 糸のえにしに
自転車 一筋に 狭き路行く 小車は 世のうきつ瀬を 渡るべらなり
学習院輔仁会雑誌第31号(明治27年5月)
海辺霞 蟹小舟 のどかによそふ 声すなり 霞める沖に 網や引くらん
閑中春雨 つれつれと ふる春雨の 淋しさに 昔の文も ひらきつるかな
故郷菫 故郷の野べのすみれの花むしろ 誰を待つとて 敷きやしつらん
社頭春雨 糺河樹の陰の燈火に 夜ただけぶれる はるの雨かな
あらし山にて 嵐山 おくれし友も みえぬまで 咲みだれたる 花の色かな
柳 軒ちかき しだり柳は 玉だれの をさをかけたる 心地こそすれ
海辺帰雁 行く雁の 影消えつつ 和田の原 波間に残る 海人の釣り舟
山落花 谷川に 流るるみれは 桜花 山の奥にも ちり初めにけん
夕落花 入相の 鐘のひびきを吹きおくる 風にみだれて 散る桜かな
雨中落花 静かにも雨にしめりて 桜花 梢はなるる 夕まぐれかな
同 降りくだす 雨にしめりて さくら花 木のもとにのみ 散りてけるかも
童話(英文)
昔々、あるところに王様とお妃様がいました。二人とも年をとってしまい、子供がいませんでした。二人は「ああ、息子が欲しい、娘が欲しい。」と言っていました。あちらこちらを探しましたが、お城の後継者となるような適当な人は見つかりませんでした。ある時王様が鷹狩りに行ったとき、遠くに鍬を担いだ農家の少年を見つけました。「あそこに王子がいる。」と王様が叫んだので、お付きの人たちが「王様、あれはただの百姓の子供です。」とたしなめました。(中略)その子供は国を荒らし回る怪人をやっつけたので、最後には王様になりました。また、乳搾りの少女もペストで苦しんでいる大勢の人々を助けたので、お姫様になりました。
学習院輔仁会雑誌第29号(明治27年2月)
アメリカのボートレース(英文)
毎年6月にニューロンドン市でエール大学とハーバード大学の対抗ボートレースが行われている。同市へ行くには列車と船が利用できる。鉄道会社は観戦ツアー用の特別列車を仕立てるが、この列車の座席は一段高くなっている。列車はテムズ河のボートコース沿いの土手を走る。(後略)
学習院輔仁会雑誌第36号(明治28年1月)